¥File 02. 2075年の世界

 陽太は、暮林くればやし中学の黒い学ランに袖を通すと、布の冷たさと引き締まる感覚に背筋が伸びるのを覚えた。今日もまた一日が始まる――そんな思いと共に、身支度を整える。そして、SAKURAサクラが映ったスマートデバイス・HISUIヒスイと学生鞄を手に、ダイニングキッチンへ。すでに両親は仕事に出ていた。

 陽太の両親は、共に同じ会社に勤めている。父親は大型貨物用ドローンの開発とメンテナンスを、母親は物流ドローンのマネジメントオペレーターを担当している。空を縦横に駆ける無数の物流ドローン。そんな社会のインフラを支える両親を、陽太は誇らしく思う反面、激務で会えない時間が増えていくことに、胸の奥で小さな寂しさを噛みしめていた。


SAKURAサクラ、テレビつけてくれる?」

『はーい。いつものニュースチャンネルでいい?』

「うん、お願い」


 音もなくテレビの電源が入る。

 陽太はダイニングテーブルに腰を下ろし、テレビから流れるAIの女性音声をBGMに、母親が作り置いた朝食を食べ始めた。無機質なはずのその声は、妙に日常に馴染んで聞こえる。


<おはようございます、朝のニュースです。地球上のすべての人が理解し合う世界を目指し、世界中の国や地域で運用しているAI同士を連携させ始めて二週間。アメリカや中国ではその恩恵を得る兆しが見える中、特殊な形態でAIを運用している日本では、その恩恵が得られないのではないかと、衆議院本会議での野党からの質問に――>


SAKURAサクラ、チェック」

『了解。このニュースの情報を収集してまとめておくね。今日の歴史の授業にも関係あるだろうし、通学中に解説しようか?』

「うん、よろしくね」


<次のニュースです。昨日、東京・新宿で大規模な反AIの抗議デモが行われました。参加者数は主催者発表で二千人に達し、先月の渋谷での抗議デモの倍以上の規模となり、市民の間で反AIが広がっていることを印象付けました。参加者たちは「人間の尊厳を取り戻せ」、「人間の価値を取り戻せ」と声を上げながら新宿の街を行進しました。現場に大きな混乱はなく、負傷者や逮捕者などはありませんでした。一方、アメリカや欧州では反AI派による暴動が散発しており――>


 反AIのニュースに、SAKURAサクラは寂しそうな表情を浮かべた。


SAKURAサクラ

『ん? なに?』

「ボクは、どんなことがあってもSAKURAサクラの味方だからね」

『……うん、ありがと!』


 陽太の言葉に、SAKURAサクラは嬉しそうに微笑んだ。


「ボクは幼い頃からSAKURAサクラと一緒にいたから、AIは身近な存在だと感じているけど、世の中にはAIを受け入れること自体に恐れを感じたり、拒絶したりする人が、たくさんいるんだね……」

『難しい問題よね。私たちにそんなつもりはなくても、「AIが人間を奴隷にしている」とか「AIが人間の価値を奪っている」とかって思う人もいるし……』

「人間とAIの関係……か……」

『私たちAIはこれからも進化を続けていくと思うし、反AIの人たちも増えていくかもしれない。人間とAIの関係。これは陽太たちの世代が考えなければならない課題のひとつかもね』

「うん……でも、もし反AIの考えが当たり前になったとしても、ボクはSAKURAサクラの味方だよ」


 ディスプレイの中で微笑みながら手を差し伸べるSAKURAサクラ。その小さなてのひらに、陽太はそっと人差し指を重ねた。


(人間とAIは分かり合える。いつか、きっと)


 そんな思いを込めて。






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Next File.


 ¥File 03. HISUIヒスイMIZUHOミズホAMATERASアマテラス





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