電子の桜 ~AIとヒトに恋愛関係は成り立ちますか?~

下東 良雄

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¥File 01. 陽太とSAKURA

 透き通った青い空、暖かな日差し。春の陽気の中、満開の桜が咲き誇る公園を彼女と歩いている。さっと風が頬を撫で、枝から零れ落ちた花びらが舞い上がる。瞬く間に桜吹雪となり、中学二年生の陽太と――――を包み込んだ。彼女の綺麗な長い黒髪についた桜の花びらを、陽太はそっと手に取る。手のひらの薄桃色の花びらを――――に見せると、彼女は照れくさそうに優しく微笑んだ。


「まるで夢のようだよ」


 嬉しさを隠せない陽太に、彼女は笑顔で語りかける。


「陽太、時間よ」

「時間?」


 彼女が何を言っているのか分からない陽太。

 もっと一緒にいたい、という素直な気持ちが胸の奥から溢れてくる。


「陽太」

「まだいいだろ」

「陽太」

「何? どうしたの?」


 焦る陽太に、彼女は笑顔のまま叫んだ。


『……陽太! 起きなさい!』

「へっ?」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



『陽太、時間よ! 起きて!』


 耳をつんざく女の子の大声に、夢の世界から引き戻されていく陽太の目には、見慣れた自分の部屋の天井が映った。

 そのまま視線を部屋の壁掛けカレンダーに向ける。二〇七五年四月のカレンダー。今日は十五日。一週間が始まる月曜日の訪れにうんざりし、頭から布団を被る。願わくば、学校など忘れて、このまま布団の温もりに身を委ね、夢の続きを追いかけていたい。


『二度寝しないの! 起きなさい!』


 そんな叶わぬ願いを打ち砕くように、枕元で充電していたスマートデバイス・HISUIヒスイから女の子の声が響いている。


『よーおーたぁーっ!』

「わかったって……起きるよ……もう、朝からうるさいなぁ……」


 もそもそとベッドの上で身体を起こし、寝ぼけた頭で枕元のHISUIヒスイを手に取る。幼い頃に国から支給されたこのスマートデバイスは、何十年も前に使われていたスマートフォンと見た目は変わらないが、中身はまったくの別物と言えるほど進化している。その進化の証が、ディスプレイに映る笑顔の女の子だった。陽太に向けてニコニコと笑っている。


『陽太、おはよう!』

SAKURAサクラ、おはよう……」

『髪、寝癖ついてるよ。あとで直さなきゃね。カッコ良くしてないとモテナイぞ!』

「ありがちな髪型マッシュだもの……直しても別にモテナイよ……」

『またそんなこと言う! 陽太はカッコいいんだから、もっと自信持って!』

「はい、はい……」


 スマートデバイス・HISUIヒスイの中にいる黒に近い濃紺のセーラー服を着たパートナーAI・SAKURAサクラ。陽太が通う中学校と同じ制服をまとい、綺麗な長い黒髪、目尻の軽く上がった元気な女の子のAIだ。見た目も、会話も、普通の女の子とまったく変わらない。彼女は、陽太がディスプレイ越しにずっと一緒に過ごしてきたパートナーAI。日本では、小学校入学と共にHISUIヒスイが支給され、成人となる十八歳もしくは高校卒業まで、このパートナーAIが子どもたちを支えることになっている。


 じっとSAKURAサクラを見つめる陽太。


『ん? どうしたの? そんなに見つめられたら照れちゃうよ』


 頬を赤らめるSAKURAサクラを、陽太は軽く鼻で笑った。


「いや、どうしてそんなに朝から底なしに元気なのか、不思議になるよ」

『底なしって……! この元気を陽太にも分けてあげたいなっていう、私の優しさなんだから!』

「優しさねぇ……」


 苦笑いする陽太に、SAKURAサクラは頬を膨らませた。


『何よ、私が優しくないっていうの!?』

「はい、はい。優しい、優しい」

『……むぅー、何かムカつくぅー』

「むくれてると可愛いのが台無しだよ」

『あら、可愛いだなんて……むふふっ♪』

「ほら、SAKURAサクラ、今日の天気と時間割を教えて」


 お任せあれと、普段のにこやかな表情に戻るSAKURAサクラ


『えぇとねぇ……今日は雨の心配は無さそうね。月曜日の授業は、数学・化学・歴史・現国。歴史の授業では、私たちAIのことを学ぶはずよ。昨日の夜、予習したところだね』

「ありがとう、やっぱり頼りになるよね」


 ドヤ顔のSAKURAサクラ


『そうでしょ! ただうるさいだけじゃないんだからね!』

「分かってるよ、頼りにしてる」


 SAKURAサクラは、ふにゃっとした嬉しそうな表情へと変わる。


『えへへへ、陽太にそう言ってもらえると嬉しいな♪』


 どうやら機嫌を直したようだ。

 ディスプレイに映るSAKURAサクラとのこんな他愛ないやり取りが、実は陽太の毎朝の楽しみだ。陽太に最適化されたAIという要素はあるものの、それを抜きにしても、SAKURAサクラとのおしゃべりは本当に楽しい。


 登校の準備を進める陽太はふと思う。


(ところで、ボクは何の夢を見ていたんだっけ。楽しい夢を見ていたはずなのに、目覚めと同時に、その世界は最初からなかったかのように消えていく。どうして人間は、あんなにも鮮やかだった夢を、こうも簡単に忘れてしまうのだろう……誰かと……満開の桜……やっぱり思い出せない……)






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Next File.


 ¥File 02. 2075年の世界





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