暗殺された王女が転生して王国を取り戻す! 〜運命を変えるために戦う王女の物話〜
ちょむくま
第1話
王城の塔から見下ろすと、かつて華やかだったアリシアの都は、まるで別世界のように変わり果てていた。
遠くに漂う黒煙。
そして耳に届くのは、沈黙にも似た、壊れた秩序の音。
アリス・アリシア。王国第一王女。
塔の最上階で風を受けながら、彼女は自分の敗北を認めていた。
衣の袖は破れ、身体は思うように動かない。
何がどうなったのか、ではなくすでに、何もかもが終わったという確信だけが胸にあった。
「……静かだね。こんなにも、終わりって静かなものなんだ」
誰にともなく漏らした言葉は、風にかき消された。
王都が陥落したのは、ほんの数日前。
信頼していた者の裏切り、王家の崩壊、妹の行方不明。
あまりにも早すぎて、心が追いつく間もなかった。
足音が近づく。
軋む扉の音と共に現れたのは懐かしい顔。
「……エリス?」
妹の名を呼ぶと、少女は少しだけ瞳を揺らした。
その手には、何かが握られている。薄暗がりの中では、よく見えなかった。
「姉上、ごめんなさい……本当に、ごめんなさい」
その言葉の直後、胸に鈍い衝撃。
視界が揺れる。体が傾ぐ。何かが、深く深く、突き刺さってくるような感覚。
痛みではなかった。むしろ、悲しみが身体を貫いた。
エリスの顔が歪み、涙が頬を伝っている。
「私は……私なりに、国を守りたかった。誰かが止めなきゃいけなかったの……」
言葉の意味は理解できた。けれど、心がそれを拒んだ。
(守るために、私を……?)
足元が崩れていく感覚。
音さえも消えていく。
ああこれが、終わり。
そう、思った。
でも。
暗闇の中で、何かが残っていた。
想い。記憶。後悔。そして、強烈な願い。
まだ、終わりたくない。終われない。
(このまま終わってたまるものか……)
アリスの心の奥底で、何かが燃え上がった。
静かな怒り。確かな執念。冷たい誓い。
(王国を裏切った者たち……私を欺き、妹さえも利用した存在……)
顔も名も知らない敵の存在が、心の中で輪郭を帯びていく。
(必ず……裁く。私の手で、全てを終わらせる)
その瞬間、意識の底で何かが弾けた。
世界の色が変わった気がした。光が差し込む。空気の匂いが戻ってくる。
「……っ!」
目を開けた瞬間、息を呑んだ。
そこは見慣れた寝室。自分の部屋だった。
窓の外にはまだ朝の光が差し込んでいない。
時間が巻き戻ったのか、それとも生まれ変わったのか。
だが、確かに言えることが一つある。
(これは、やり直しの機会……)
手を握る。感覚がある。血の気が通っている。生きている。
アリスは鏡の前に立ち、自分の目を見つめた。
そこに映るのは、かつての自分⋯⋯ではない。
穏やかだった瞳には、今や揺るぎない意志が宿っていた。
「……待っていなさい、エリス……そして、あの者たちも」
少女は、静かに息を吐く。
すべてを取り戻すために。
そして、真実の意味で、運命に向き合うために。
物語は、再び動き出した。
夢を見ていたようだった。
名を呼ぶ声。涙。裏切り。
血ではなく、痛みでもなく、もっと深い場所にあったものそれが、胸の奥に鈍く残っていた。
目を開けると、天蓋付きのベッドの天井が広がっていた。
淡いアイボリーに金の刺繍。何度も見た、自室の天蓋。
「……戻った?」
まだ声はかすれていたが、喉の奥には確かな空気の重みがあった。
生きている。鼓動がする。身体が動く。夢ではなかった。
ベッドの縁に手をつき、ゆっくりと身体を起こす。
視界に映るすべてが、見慣れたものでありながらどこか遠いもののように感じる。
壁にかけられた刺繍入りのタペストリー。
整えられた机の上には、読みかけの書物が数冊積まれていた。
すべてが、壊れる前のままだ。
(⋯⋯本当に戻ったの⋯⋯ね⋯⋯)
震える指で、胸元をなぞる。
かつて、妹の剣がそこを貫いた。けれど、今は傷一つ残っていない。
あれは幻ではなかった。確かに感じた痛みだった。
(じゃあ、これは……ただの夢じゃない。神の奇跡でもない)
冷たい感情が、胸に降りてくる。
(これは⋯⋯罰か、あるいは猶予)
もう一度、思考の底から浮かび上がる。
父の最後の姿。母の叫び。王国が崩れていく音。
そして、妹の瞳にあった、歪んだ決意。
それらを、この手で終わらせるために、私は帰ってきた。
「……ありがとう、神様。もし、そんなものがいるなら」
ふっ、と笑いがこぼれた。
部屋の外では、まだ夜が支配している。
静けさは濃く、まるで全世界が息を潜めているかのようだった。
アリスは立ち上がった。
部屋着のまま、裸足で床に降りる。
足元の冷たさが、現実の温度を教えてくれる。
自分がどこまで知っているのか、どこまで覚えているのか、確認する必要がある。
誰が味方で、誰が裏切るのか。
何より妹は、いつ、どうやって変わってしまったのか。
(同じ結末を繰り返すつもりはない)
もう、あの時のような無力な自分ではない。
何も知らず、信じることしかできなかった愚かな姫ではない。
(あの日に戻れたのなら、私は……)
アリスは静かに決意した。
すべてを変える。
たとえその手が、血に染まるとしてもいや、染めずに済むのなら、それが理想だ。
だが、理想だけでは守れないことを、彼女はもう知っている。
だからこそ、今度は戦う。
生きるために。王国の未来のために。
そして、失われた家族との絆を、取り戻すために。
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