あの人の毛になりたい

 満月前夜に願いは叶う。ただし、その命と引き換えに。

 地面をはう者も知っている『満月前夜まんげつぜんや』という噂です。

 当然、アリたちも知っていました。



 アリがいました。

 ゆうに百万匹は超えるほどにたくさんいました。

 町の片隅にある公園に巣を構えていましたが、町の人はきれい好きだったので、めったに食べこぼしがありません。

 一匹の女王アリと数十匹のなまけ者を除いたすべてのアリが、えっちらおっちらはたらいて、わずかに落ちている食べ物をどうにか見つけてくる日々。

 空腹と疲れで、はたらきアリたちは限界をむかえようとしていました。

 あるばん、巣へ戻る途中の公園で、とあるアリがぽつりと口にしました。

「アリじゃなくなったら、はたらかなくてすむようにならないかな」

 別のアリがうなずきます。

「どうせなら、面白いものになりたいよな」

「そういえば『満月前夜』って噂があるよね」

 他のアリも交ざりました。巣の近くだったこともあり、あっという間に百万を超えるアリたちが集まって『満月前夜』の話で夢中になりました。

 先頭のアリが巣に入ろうとしたところで、ベンチから大きなため息が聞こえてきました。

 そこにはおじさんが座っていて、つるつるの頭をなでながら、ふちが欠けた円い月を眠そうな顔で見上げています。

 彼はぼそっとつぶやきました。

「ああ、丈夫な毛がたくさん生えてくれないかなあ」

 それを聞いて、アリたちは口々に言いました。

「あの人は、毛がなくて困っているらしい」

「毛か。毛は楽そうでいいよな」

「そうよ。風に揺られるだけでいいんだもの」

「もう、はたらくのはたくさんだ」

「はたらいたってお腹が空くだけで何の意味もない」

「毛だったらお腹も空かないよね」

「よし、決まりだ。みんなで毛になろう!」

 アリたちは真っ赤な目を夜空に向けて願いました。

「これから満月になろうとしているお月さま、私たちをあの人の毛にしてください。黒くて立派な毛にしてください」

 すると、アリたちは体が細長くなっていくのを感じました。『満月前夜』の噂は本当だったのだと実感して全員が安心しました。



 さて、朝がやってきました。

 おじさんは家に帰るとすぐに布団に倒れてしまったのですが、起きてから体に違和感を覚えて、寝ぼけまなこで姿見の前に行きました。

 するとどうでしょう。あまりの衝撃で眠気がすっ飛んでいったのです。

 急いで服を全部脱ぐと、おじさんは口をぽっかりと開けて言いました。

「フサフサになっている……体中が」

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