満月前夜の短編集

大河井あき

ホタルの炎

 満月前夜に願いは叶う。ただし、その命と引き換えに。

 森に住む者たちも川に住む者たちも知っている『満月前夜まんげつぜんや』という噂です。

 当然、ホタルたちも知っていました。



 ホタルたちには感謝している人がいました。空き缶を中心にごみを拾ってくれるおじいさんです。

 彼らはきれいな川にしか住めませんから、命を救われていると言っても過言ではないでしょう。

「何か恩を返したいね」

 とあるホタルの言葉に、みんながうなずきました。

 しかし、案がなかなか浮かびません。

 水辺に生えた草の裏でホタルたちが話し合っているところに、川を旅する魚がちょうど通りがかりました。

「困っているようだね。どうしたんだい?」

「恩を返したい人がいるんだけど、どうすればいいのか分からないんだ」

「それなら簡単だよ。君たちは夜に光って飛ぶだけで人をいやせるんだから」

 彼はそう言って、再び旅へ戻りました。

 さっそく、ホタルたちは夜、おじいさんが川辺に戻ってきてから飛びました。

 数多あまたの光が静かで美しい踊りをします。おじいさんは昔を懐かしむような顔をしてみとれて、ごわごわな灰色のひげをかきました。

「こりゃ、いいみやげ話ができたな」



 数日後から、おじいさんは川辺で寝たきりになり、ごみ拾いさえできなくなりました。夜が冷えるようになりましたが、ぼろの衣服では寒さを防げず、ずっと歯をがちがちと鳴らして震えています。

 川辺は捨てられたごみがそのままになり、日に日に汚くなっていきました。

 ホタルたちは困りました。このままではいずれ住めなくなるでしょう。しかし、近くにきれいな川はありません。

 とあるホタルが空をあおぎ見たとき、ふちが少し欠けた月が見えました。

 そして、思い出しました。『満月前夜』の噂を。

「今日は、満月の前の日だ」

 彼が口にすると、ホタルたちはおじいさんと自分たちを交互に見て、しばらく悩みましたが、最後にはうなずき合って覚悟を決めて願いました。


 おじいさんが元気になってほしい。たとえ、この身を犠牲にしても。


 瞬間、彼らは炎に変わりました。

 燃える身で苦しそうに羽ばたきながらも、群れがおじいさんの周りに集まります。

 ちりちりと焦げる音、臭い、そして、それ以上の温かさ。

 おじいさんは苦笑して、かすかに唇を揺らしました。

「炎に家も妻も奪われたってのに、まさか炎に看取られることになるなんてなあ」

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