第7章:崩壊と勝利

――コア部到達。


 モニターに、無数のラインが奔流のように流れ始める。

 「……これ、ゲームのログじゃない」Xの声が震えた。「国民の購買履歴、投票傾向、生活パターン……全部リアルタイムで記録されている!」

 「そして、それに対してAIが判断、必要に応じて、変更指示が送られている!」

 「つまり、国民の意思は、国によって決定されてると言うことか」イーグルが呟く。

 Xの背筋に冷たいものが走る。これを止めなければ、アル=ナジールの“自由”は、固定され続ける。


 コートでは、NOVA達のゾーンも限界に近づいてきている。

 「あと少し……!」YUTAの叫びに応えるように、NOVAがチェンジオブペースで一気に加速。

 ギャロップステップでディフェンスの間を抜き、空中でボールを背中に隠してダブルクラッチ――沈めた。

 スコアは再び同点。だが彼女の呼吸は荒く、意識が飛びそうになる。


 「パケットの流れを変える!」Xがキーボードを叩き、ルーティングを強制書き換え。

 しかし、即座にファイアウォールが反応。


 [access_port = CLOSE]

 トンネルが遮断される。


 「クソ……追い出されたのか?」Xが悔しそうに歯ぎしりする。

 「まだ終わりじゃない」イーグルが冷静に言い、再び端末を操作。

 「コートの同期パケットを利用する。NOVAたちが動けば、もう一度穴が開くはずだ」


 まるでそれを聞いたかのように、Hare Showが吠えた。

 「俺たちはウルトラマンじゃない。まだまだいける!」

 NOVA、QUEEN、YUTAがうなずき、次のポゼッションで全員の集中が一気に研ぎ澄まされる。


 ――ゾーン、増幅。

 全員の動きが同期し、まるで一つの生き物のようにボールが回る。

 NOVAがジャブステップで相手の体重を揺さぶり、シザーステップからQUEENへパス。

 QUEENがフェイクしてインサイドに切り込み、スクープショットを狙う――が、ブロックショットが飛んでくる。

 直前でQUEENが空中でボールをNOVAに落とし、NOVAがフローターで沈めた。


 「……きた!」イーグルの目が輝く。「ポート再開した!」

 [session = RE-ESTABLISHED]

 再びコアへのアクセスが始まる。


 だが“HARMONIA”も対抗策を発動する。

 [zone.pattern = OVERRIDE]

 NOVAの思考が侵食される。コートのラインが崩れ、目の前のプレイヤーがデータの影のように分裂して見えた。


 「負けない……!」NOVAは歯を食いしばる。

 ドリブルが加速する。フロントチェンジ、シャムゴッド、インサイドアウト。

 自分の限界を超えたその動きが、システムの同期パケットを狂わせるノイズになる。

 イーグルがその隙にファイアウォールを突破、コア部に侵入。


 [core_access = GRANTED]

 ログが一気に展開される。

 各国との裏取引、資金流入、精神パラメータ研究のデータ、そして「ゾーン解析計画」のコード。

 「これが……全部の真相か」イーグルが呟く。


 コートでは最後の攻防。

 残り1ポゼッション、スコアは同点。

 NOVAがボールを受け取り、チェンジオブペースで相手を揺さぶり、最後の力を振り絞ってステップバック。

 放たれたボールは、美しい放物線を描いて――ネットを揺らした。


 その瞬間、サーバのログが一斉に赤く変わる。

 [system_status = FAIL]

 “HARMONIA”のAI同期が崩壊し、アバターが次々とフリーズ。リアルのプレイヤーもその場に倒れ込んだ。


 “HARMONIA”が、フリーズ。アル=ナジールの民衆との同期が切れた。

 V.B.Lのシステムは、自動的にグローバルのV.B.Lシステムへのスイッチが行われゲームは継続される……


 試合終了。日本の勝利だった。


 観客席が一斉に沸き、スタンディングオベーションが巻き起こる。

 だがその歓声は、どこか整然としている。

 

 「“HARMONIA”が、フリーズしても……まだ、統制は解けてないのか?」

イーグルは観客席を見上げ、静かに呟いた。


 NOVAは膝に手をつき、深く息を吐いた。

 だがその顔には、確かな笑みが浮かんでいた。

 「でも……今日は、自分の意思を保て勝った」


 ◆ ◆ ◆


その夜すぐさま、国際ニュースが号外的に世界を駆け巡った。

 「アル=ナジール共和国、自由意思統制システムの存在を認める。各国も開発に関与か?」


 報道番組の画面には、コア部でXが目にしたのと同じ膨大なログの一部が映し出される。

 そこには、国民一人ひとりの購買履歴、嗜好、投票傾向、通勤経路、睡眠パターンに至るまでの詳細なデータが並んでいた。

 AIはそれらを解析し、必要に応じて行動計画を提示――ときには人間の意思そのものを書き換える指令を送信していた。

 「国民の幸福度を最大化するための仕組み」とアル=ナジール政府は説明し、その徹底ぶりは衝撃的だった。


 “HARMONIA”は、内部のV.B.Lシステムを除いてすぐに復旧したが、報道と同時に、他国では、大規模な抗議デモにまで発展した国もる。


 街頭にはプラカードを掲げる人々があふれ、「自由を返せ」「思考を縛るな」のコールが鳴り響く。

 SNSでは「#自由意思を守れ」がトレンド入りし、ライブ配信のコメント欄は怒りと恐怖で埋め尽くされた。


 国会前には徹夜の座り込みが続き、交渉に関わった政治家の辞職が相次ぐ。

 いくつかの国では内閣不信任案が提出され、緊急国会が開かれる事態にまで至った。


 ――しかし、

アル=ナジール国内では全く逆の反応が広がっている。

 国民の大半は、システムの継続を支持する声明をSNS上で発信し、「豊かさを守るための選択」だと口々に語った。


 かつて長い内紛と貧困に苦しみ、明日食べるパンにも困った時代を知る彼らにとって、

 「監視されること」よりも「明日が保証されること」のほうが、遥かに価値があった。


 老夫婦は「子や孫が飢えないなら、この目が見張られていてもかまわない」と語り、

 若者は「この国はやっと未来を手に入れた。それこそがこの国の自由の選択だ」とインタビューに答えた。

 アル=ナジール国民にとってシステムは、束縛ではなく安全網であり、個々の自由意志で、システムを選択したのだと。


 ◆ ◆ ◆


 ホテルの窓から、煌びやかなアル=ナジールの夜景が広がっていた。

 遥がぽつりと言った。「……あの歓声も、統制じゃなくて、彼ら自身の意志だったのかもしれないな」


 美月はベッドの端に腰を下ろし、試合中の映像を頭の中で再生していた。

 「私、ずっとここの街が怖かった。でも……あの最後の拍手は、統率されていても本気だった」


 ユウタはノートPCを閉じ、深く息を吐いた。

 「データで見れば管理社会……だけど今日は少なくとも、彼らの感情はリアルタイムだった。

システムが強制した“歓声”じゃない。あれはリアルの人間のハルシネーション。つまり“誤差”があった」


 Hare Showが窓辺でウサギ面を外し、満足そうに笑った。

 「誤差があるってことはさ、生きてるってことだろ? バスケだって、完璧なプログラムでやったらつまらない。

  パスミスも、シュート外すのも、ぜんぶドラマになる。……人間って、そういうもんだろ?」


 美月は静かに頷き、窓に映る自分の顔を見つめた。

 「それって、自分のミスを誤魔化そうとしていない?」

 「でもきっと、国の数だけ、人の数だけ答えがあるんだと思う。……今日の私たちは、……」


 「……ええっ、ちょっと待ってぇ!!!!」


 美月の言葉を遮ったのは、突然の遥の声だった。

 視線の先では、Hare Showがウサギ面を外し、にやりと笑っていた。


 「Hare Show? ……翔太!? ええっ、!?」

 遥は、混乱しつつ、ベッドから飛び上がり、翔太に詰め寄る。


 「えっ?気づいてなかった!? あれだけ一緒にいたのに!?」翔太が肩をすくめる。

 「当たり前でしょ!!」遥は、半分切れ気味……


 「いやいや、声で分かるだろ普通!」翔太がベン弁解。


 美月は吹き出した。

「ちょっと、いま一番いい話してたところでしょ!」


 翔太はおどけたようにウインクしながら、

 「いや、ウサギ面を外すチャンスは、今しかないと思って。」

 「場がシリアスすぎたからさ。こういう時はギャグで締めるのが俺の役目だろ?」

 

 ―― それはギャグなのか?面を外すチャンスなら、他にもあったと思うけど……

 ユウタは、そう思いながらもベランダからアル=ナジールの街並みを眺めた。


 窓の外では、統制された街のネオンが規則正しく瞬いている。

 だがその光は、どこか誇らしげに見えた。


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