いくら丼の価値について

@gagi

いくら丼の価値について

 出先で飯を食うことになった。


 商談相手に連れてこられたのは丼もの屋。お相手の会社の人たちがよく利用する店らしい。


 俺と俺の上司と商談相手が席に着き、「この店はいくら丼がうまいんですよ!」「へーそうなんすねー」とやりとりしながらメニューを見る。


 俺はメニューを見る前からしらす丼を頼む気まんまんだった。この地域はしらすが名物なのだ。丼もの屋の暖簾をくぐると同時にしらす丼が食いたくなるのは道理だろう。


 だのに、


 俺の上司ときたらメニューを見ることもなく「へぇーいくら丼がおすすめなんだ。じゃあ私はそれで」と決めてしまった。


 商談相手もいくら丼を頼んで「ここのいくらマジでうまいっすから!」と念を押してくる。


 いくら勢力が3分の2を占めてマジョリティを形成し、ここまでいくら丼を猛プッシュされてしまうと他のメニューはすごく頼みにくい。


 ということで、俺もいくら丼を頼んだ。


 ちなみにこの店のいくら丼は4000円近くする。バカ高ぇ。


 ま、お相手の会社の経費だから構わんが。


 

 上司と商談相手の会話に相槌を入れていると、いくら丼が運ばれてきた。


 実物が眼前に現れれば、まあ美味そうだ。


 いくら達は朱と橙につやつやと輝いて、器に触れれば中央に添えられた卵黄がとろりとふるえる。


 いただきます。匙ですくってひとくち運ぶ。


 まあ、おいしい。


 いくらがその、しょっぱくておいしいです。はい。


 ……しらす丼がよかった!!


 いやいくら丼もうめーよ? でも普通においしいねってレベルであって、そもそも俺は魚卵ってそこまで魅力を感じないっていうか……てか米の量に対していくら多すぎじゃね?


 いくら丼。これで一つ4000円である。


 対してしらす丼は1つ1300円だ。


 果たして、このいくら丼1に対してしらす丼3というのは釣り合うのだろうか?


 このいくらと呼ばれる鮭の魚卵ひと粒と、しらすと呼ばれる鰯の稚魚。この二つの命の価値はなぜ等価足りえないのだろう。等しく一つの命だというのに。


 お勘定相手持ちだから別にいいんだけど。いいんだけどさ。




 などとしょうもないことを出張から帰ってきても悶々と考えていたせいだ。


 いくら丼を食べたことをついうっかり姉に行ってしまった。


「は? アンタだけそんな良いもの食べててずるくない?」


 姉は俺が何か高価なものや珍しいものを食べたと知ると、自分にも食わせろと言って聞かないのだ。


 だからそう言った情報はなるべく口にしないよう気を付けているのだが。


 知られてしまったので今日の我が家の夕食はいくら丼となった。


 近隣にいくら丼をやってる店が見当たらないので自作した。材料費は以下の通りである。


 いくら100g996円(姉の分は200gで1992円)。卵1個29円。大葉5枚49円。ご飯180gふるさと納税で実質タダ。刻みのり適量もともと家にあったので実質タダ。


 いくら丼一杯1074円である。姉の分は2070円。自炊でこれかよ。バカ高ぇ。


 食卓に向かい合って座り、いただきますと手を合わせる。


 匙ですくってひとくち運ぶ。しょっぱくておいしい。……おいしい。


 店のいくらと今口の中に入ってるいくら。違いが全く分からねぇ。今食べてるやつはスーパーで買ってきた冷凍のいくらだから、グレードは落ちてると思うのだか。バカ舌なのでわからん。


 対面の姉は一心不乱にいくら丼を掻っ込んでいる。が、口が小さいので食べる速度はそこまででもない。


「ねえちゃんおいしい?」


「めちゃ美味」


 俺が訊ねると姉は頬をぱんぱんに膨らませたまま親指を立てる。


 それは良かった。


 俺は、今日のいくら丼も普通においしいって感じ。


 ただ、少なくとも出張の時のいくら丼よりは今日のいくら丼のほうが価値はあるかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いくら丼の価値について @gagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る