第2話 寄せ集めの集団


「……この医院とも、今日でしばらくお別れだね」


 そこはエルラドの町の郊外にほど近い小さな医院。回復術師ギルドのマスターのリリスから呼び出され、命じられたことを僕は思い出していた。それでやむなく探索パーティーへ合流する準備をして、『無期限休止中』と書いた貼り紙を玄関に貼った。


 できることなら、この場所でずっと患者を診ていたかった。そんな心残りを感じつつも、ダンジョン内で新しい遺跡が発見されたことに対して興味を持っていたのも事実だ。僕は一応回復術師としてだけでなく、冒険者としても登録しているから、そういったダンジョン挑戦を夢見たことはあった。


 ちなみに、回復術師には様々な分野があって、疲労回復、傷の回復、毒や呪いの回復、病気の快復等。僕はその中で精神回復、すなわち心癒を生業としている。


 僕はここで色んな患者を診てきた。冒険者としてはF級だし、回復術師としても最も低い階級の《癒徒》だけど、それでも病人を治療する権利は得られるので、早く患者を診たかったのもあって医院を開いたんだ。


 周りからは魔力が低いっていう理由で絶対無理だっていわれたけど、今では患者がひっきりなしに訪れてくれるようになった。


 冒険者ギルド前で集合っていう手筈になってて、僕はその一人としてやってきたわけだけど、自分に対しては誰も注目してこなかった。そりゃそうか。無名の回復術師だからね。


「よくぞ来た。君たちはこれから、エルラドのギルドを代表して探索パーティーを組むことになる」


 そう発言してきたのはロイスっていう副ギルドマスターだ。詳しくは知らないけど、元々は戦士として有名な人だったらしい……って、今なんか睨むような目で見られたような。気のせいだといいけど。


「君たちはあくまでも緊急事態ゆえの寄せ集め――いや、臨時探索パーティーとはいえ、エルラドの冒険者ギルドを代表していることを忘れるな。もし早々に決壊するようであれば他都市の冒険者ギルドから笑い者になると心得よ。以上だ。ゾルディ、軽く自己紹介を始めたまえ!」


「はっ、ロイス様!」


 ロイスが睨みを利かせながらその場を立ち去り、リーダーのゾルディという男から自己紹介をすることになった。30歳くらいで顎髭を生やした垂れ目の冒険者だ。


「俺の名はゾルディ・ベシアス。C級冒険者で剣士をやっている。略してゾルと呼びたきゃ呼んでもいいが、リーダーとしてビシバシいくから覚悟しやがれ!」


 さすが、剣士というだけあって引き締まっていて威勢も体格もいい。本来なら新しい区域が発見された場合、B級以上でパーティーを組むのが当たり前みたいだけど、話によると彼が今回の探索パーティーでは最高位みたいだ。それだけ急遽ってことで、無名の僕まで呼ばれた遠因になってるんだと思う。


 かなり急いでいるみたいで、自己紹介は僕を含めてみんな大雑把に終わり、早速出発することになった。まあ合わせて9人もいるからね。


 メンバーは剣士ソードマン戦士ファイター魔法使いウィザード×2、盗賊シーフ鍛冶師ブラックスミス情報屋クロニクラー錬金術師アルケミスト、それに回復術師ヒーラーの僕の9人だ。


 なんで9人だけかっていうと、おそらくクリスタルポイントの都合だ。探索隊は通常、ある程度進んだときに何か緊急事態や戦闘不能要員が出た際に帰還するためのクリスタルを作成する。そのクリスタルポイントで同時に帰還できるのは9人までで、それ以上となると魔力の関係で難しいからなんだ。


「おい、お前。そこの回復術師」


「え、僕ですか?」


「ボケッ、回復術師はお前しかいねえだろ! お前は俺らの中でも一番期待されてないし荷物役だから、人数分の荷物、全部頼むぞ」


「うわ……」


 リーダーのゾルディから、半ば強制的に9人分の大量の荷物を任されることになった。もちろん、荷車カートくらいは用意してくれてるけど、それでもこれを引いて歩くのは骨が折れそうだ……。


 でも、しょうがないね。僕は所詮無名の回復術師。発言権なんてあるわけないんだし。


「あなた、セラっていうんだっけ? 私が少し荷物を引き受けるわね」


「あ……」


 僕が溜め息をつきつつ荷車を引いて歩こうとしたら、銀色の長髪を後ろで一本に纏めた女性に声をかけられた。確か彼女は錬金術師のリリアだったはず。


「リリアさん、いいんですか?」


「大丈夫よ。あなたと同じく荷車を引いている立場ですもの」


「ありがとうございます!」


「いえいえっ」


 笑顔でウィンクするリリア。彼女は体力&気力を回復するライフポーションやエナジーポーションだけでなく、料理を作る役目も担っている。


 荷物を引くのになんで馬を使わないのかっていったら、もちろんここがダンジョン内だからだ。それも、壁の向こうはモンスターがいつ自然発生してもおかしくない。そうなると馬に危害が及ぶ可能性も高くなるので、荷物を運ぶ係も人間がやるってわけ。


 とはいえ、結界の効果の特殊な壁で守られている町付近だとモンスターもあまり近づかないっていうのもあって、まだそこまで緊張感で満ちているわけじゃなかった。


 ちなみに、ダンジョンっていうのは生きているんだ。生きているといっても、話しかけたりダンジョン自体が襲ってきたりするわけじゃないけど。


 古代からダンジョンには心臓部とも呼ばれる光晶体クリスタルコアっていうのが存在していて、それがモンスターや人間の魔力を吸って光を発し、夜になるにつれてエネルギーを減らして暗くなっていく。まるで、花が甘い蜜で蜂を呼び込むみたいに、生き物の生活リズムを受け入れることで迷宮内を活性化させるかのように。


 光晶体は魔力を吸い、光を発して雨をも降らせる。迷宮内は地上のように朝昼夕夜のリズムが産まれ、植物が育ち、モンスターが自然発生し、構造自体も少しずつ変化して、それによって稀に新しい迷宮区域――遺跡が発見されるっていう仕組みなんだ。


 昼は光晶体が光を強めて光苔が空のような青色に変化し、夜になると光を著しく弱めて、その代わりに光苔が天井を覆ってまるで星空のような光景を生み出してくれる。


 そんな光晶体が一層眩しくなって真昼を演出する頃、僕たちは新しい遺跡を目指していよいよ外へ向けてエルラドの門を潜ろうとしていた。

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