ギルドを追放された無名の回復術師、補欠の荷物役でパーティーに参加したらいつの間にか頼りにされていた

名無し

第1話 追放と栄転


「セラ、お前を回復術師ギルドから追放する」


「え……!?」


 突然、僕は回復術師ギルドのマスターのリリス様から呼び出され、追放を告げられたところだった。まったく身に覚えがない。確かに、医院が忙しくてギルドでは回復術師としての活動をほとんどしてなかったけど……。


「リ、リリス様、冗談ですよね?」


「いや、セラ。だ。お前に暇を与える。といっても、これは栄転だがな」


 金色のお下げ髪を弄りつつ、意味ありげに目配せしてくる白衣のリリス様。栄転という言葉が飛び出したことで潮目が変わった感じがした。


「栄転って、どういうことですか?」


「先日、新しい遺跡が発見されたのは知っているな? そこで、冒険者ギルドは急遽として探索パーティーを結成し、回復術師のお前に目星をつけたというわけだ」


「なるほど……でも、回復術師なんて僕の他にいくらでもいるんじゃ? 僕は冒険者としては最底辺のF級だし、この回復術師ギルドでも最も低い階級の《癒徒》、つまりギルドに登録しててあとは放置してるだけの無名回復術師ですよ!?」


「……フッ。相変わらず自己評価が低い男だな。まあそこがまたセラの可愛い……いや、良いところなんだが」


「はあ。どういうことでしょう?」


「ま、まあいい。とにかく、お前の能力を高く買っているのは私だけではないということだ。最初は荷物係になるとは思うが、メンバーは徐々にお前の力を認めていくことだろう。いや、認めざるを得ないというのが正解だろうが」


「……あの、これってもしかして強制ですか?」


「無論だ。私にも立場というものがある。本当の意味で追放されたくないならやってもらうぞ?」


「うう。承りました……」


 正直言うと気は進まないけど、魔力の低い僕を評価してくれて医院を開くのも後押ししてくれたリリス様の顔に泥を塗るわけにもいかないからね。それに、新しい遺跡に興味がまったくないというわけでもない。だからこそ冒険者ギルドにも登録しておいたんだし。


「うむ。それでこそセラだ。頑張ってくるのだぞ!」


「……はい。それで、出発はいつですか?」


「フッフッフ。セラよ、いつだと思う? 聞いて驚け。これより約一刻後だから、今すぐ準備をして冒険者ギルドへ急げ!」


「ちょっ……!?」


 およそ一刻しか猶予がないなんて、いくらなんでも急すぎる。そんなこんなで、僕は急ぎ足で探索パーティーへ合流する準備をする羽目になるのだった……。




 ◆ ◆ ◆




「ならば、セラを選出しなさい」


「ギ、ギルドマスター様、無名の回復術師のセラを選べなどと、ありえませんぞ!」


 そこは迷宮都市エルラド、冒険者ギルドの重鎮らが顔を揃えた会議室。白髪頭のギルドマスター、グラムスの宣言を前にして、副ギルドマスターのロイスの怒号が響く。


「いや、ロイスよ。そうは言うがな、周りを見渡してみても、《癒徒》という回復術師ギルドで最も低い階級であるにもかかわらず、医院を開いて成功している人間は彼しかいないではないか」


「そ、それは、やつが詐欺師だからです! 底辺の回復術師如きが、ルールの範疇内とはいえ医院を開くこと自体が腹立たしいのに、廉価で出鱈目な治療を施し、患者たちの心を惑わしているにすぎません!」


「彼の評判はリリス殿から聞いているが、とても患者思いの青年とのことだが? とにかくだ、ロイス。私の言う通りにしなさい。これはギルドマスターの命令であり、あくまでも緊急事態での処置でもあるのだ。いいな」


「……しょ、承知いたしました……」


 ロイスの目にはなおも反抗の光が宿っていたが、それ以上の反論を紡ぐことはなかった。ギルドマスターのグラムスがその場を立ち去ると、室内はその決定に対する懐疑の声で埋まり始める。


「ギルドマスター様は耄碌なさったのか」


「まったくだ。新しい遺跡が発見されたというのに、よりによって無名の若造を連れていくなどありえん」


「……同感だが、仕方あるまい。今は名のある者たちが他の遺跡群に出張しており、まさに緊急事態なのだ。寄せ集めであっても、我々エルラドの冒険者ギルドが先んじて新たな遺跡を探索するべきであろう」


 支部長ルディンの妥協ともいえる論調に対し、ロイスの目が光る。


「そうは言うがな、ルディン。回復術師なら他に階級が上のやつらが何人もいるというのに、よりによって底辺の人間を参加させるとは……。これでもし我々の探索パーティーが遺跡にすら辿りつけずに壊滅でもしようものなら、他の迷宮都市から良い笑い者だぞ!」


 そう締めくくるとともにテーブルを叩き、宙を抉るかのように睨むロイス。室内で彼に視線を預ける者は誰一人存在しなかった。

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