第7話 友情の境界線が揺らぐ瞬間

ある晩、停電が起きた。


部屋中が暗闇に包まれ、二人は手探りで懐中電灯を探した。


「こんな時に限って……どこにあったっけ?」


美咲が不満そうに呟きながら棚を漁る。


「ちょっと待て、動くな」


健二が低い声で言った。暗闇の中で不用意に動けば、何かにぶつかる可能性がある。


「大丈夫よ、すぐ見つけるから」


しかし次の瞬間、ガタンと音がし、美咲はバランスを崩した。


「わっ!」


とっさに手を伸ばした健二が、美咲の腕をつかんだ。そのまま彼女は勢いよく健二の胸に倒れ込んだ。


「……大丈夫か?」


健二の声が近い。美咲は驚きながらも、そのまま身動きが取れずにいた。


彼の胸の温もりが直に伝わる。こんなにも近い距離で彼を感じるのは、何年ぶりだろうか。


「……うん、平気」


美咲は静かに答えたが、心臓が妙に騒がしかった。


しばらくの沈黙の後、健二が小さく咳払いをして、そっと彼女の肩を離した。


「……懐中電灯、見つけよう」


「……うん」


二人とも、なぜか目を合わせられなかった。


停電は十分ほどで復旧した。部屋に明かりが戻り、いつもの日常に戻る。


けれど、その夜、二人ともなかなか眠れなかった。


友情だけで済まされない何かが、そこにあった。


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