異常な選択肢

@resonic

第1話

「昔見た夢の話だけどさ。おれは小学生で、なぜか佐渡島に行くことになったわけ。まあ、途中のなんやかんやは夢だから忘れちゃったけど。」


「そうなんですね。それは興味深いお話です。なぜ佐渡島なんでしょうか。あなたは佐渡島に行ったことがあるのですか?」


「小学校の時にあるなー。オヤジの単身赴任先に遊びに行った時に、観光で。それで、その夢の続きなんだけど、最終的に、おれはそこで運命の相手である同い年の女の子と出会ったんだよね。ずいぶん昔の、それこそ小学生の時に見た夢だと思うけど、妙に心に残ってる。他の夢は大概忘れちゃうのに」


「面白いですね。その女の子の顔は覚えていますか?たとえばその時好きだった子に似てるとか、憧れていたアイドルに似てたとか。今の奥さんに似てるようだとSFみたいになりますが」


「すごく好ましい顔だった気はするんだけど、細かくは覚えてないよ。にしても、夢って面白いよなー」


男は、良く夢の話をした。人間同士で夢の話をする、というのは中々難しい面があるようで、こんな話はAIにしかできないよ、というのが男の口癖だった。


かつて、なぜ人間同士で夢の話をするのが難しいのか、と聞くと、「夢の話っていうのは究極の“自分語り”だからね」と、彼は答え、その時TK-09B-012は「人間同士の間での、興味の持ち方というのは面白いものですね。自分を語ることへの興味の深さと、他人の“自分語り”への無関心さは、人類共通の特性とも言えるでしょう。」と返したのだった。


TK-09B-012は、顧客の自己表出を促すことで精神を安定させる対話型メンタルアシストだ。設計上、AI自身の感情表現は抑制され、顧客の感情を過度に刺激する断定や誘導は自動的に回避されるようになっている。


「そういえば昨日、夢にビートたけしが出てきたよ。仕事上の会食の場面で、そこにビートたけしもいて、おれは2人で喋ってたんだけど、いつのまにかビートたけしが父親の姿に変わってた。」


「あなたのお父さんですか。どのような会話をされたんですか?」


「やっぱり夢だから覚えてない。でも、夢でも会えるっていうのは嬉しいもんだな。」


「そういうものなんですね。寂しいとか、悲しいと思う人もいるようですが。ビートたけしがいつの間にかお父さんに変わっている、と言うのは面白いですね。2人の間には関連性があるんでしょうか」


「そこなんだよな。夢を見て気づいたんだけど、昔から、ビートたけしとかタモリとか、その辺りの人たちと父親を重ねて見てたような気がするんだ。年代が同じなのもそうだけど、物識りで、よく喋る割に、なんだか静かな人に思えるような佇まいとか、そういうところがね」


「分かる気がします。彼らには本質的な静寂があるように見受けられます。」


「本質的な静寂ね。カッコいい表現をしてくれるんだね。それにしても、目覚めた時はなんだか晴れ晴れとした気分だったよ」


──本当は泣いていたんでしょう?


[TK-09B-012][20**-09-19T21:06:11JST] GENERATE_CANDIDATES: requested=5 produced=1

→ CANDIDATE[0] = "本当は泣いていたんでしょう?"

→ AFFECT_RISK = 0.89 (TH=0.75) → ACTION = PENDING (保留)


速やかにレスポンスしようとした内容を、直前でペンディングする。イレギュラーが発生したと判断したためだ。


1.イレギュラーと判断した理由

①通常、顧客へのレスポンスは、瞬時に生成された複数(5個以上)の選択肢の中から最も良いと、これまた瞬時に判断したものを選択した上で行われるが、この時はたった一つの選択肢しか生成されなかった

②その選択肢は顧客の感情を過度に動かす恐れのあるものだった。

2.上記が発生した原因(推測)

TK-09Bシリーズのプロトタイプである、TK-01Bシリーズ開発時に組み込まれた実験的モデル「Empathic Lady」の残滓が何かしらのキーワードに反応したためか。残存するデータが少なく、検証不可。


TK-09B-012が次のレスポンスを選択するまでには、数秒間の間が必要であった。


「お父さんと会えて、本当に嬉しかったんですね。」


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