第二話 あなたが望む姿のままで
//SE 鐘の音(ごぉぉん、ごぉぉぉん)
//SE 小気味いいパイプオルガンの音
「聖女エイファの――オールナイト祈祷~~」
(おしとやかな声がエコーする)
//SE 讃美歌のラストのようなハーモニー
//SE バックで荘厳な曲が小さく聞こえる
(優しく、慎ましい声で)
「お祈り周波数0176――聖女エイファの祈祷お悩みチャンネルです。迷える子羊の皆さま、こんばんは。世界から隔絶された廃れた教会、扉のない懺悔室より、あなたのお耳に祈りをお届けいたします」
//SE キラキラっとウィンドチャイムの音
(数秒の間)
//SE リィィンとジングルの音
//SE 数秒その残響が続く
「はい。ということで、今日は一日いかがお過ごしでしょうか」
(すう、と小さな一息をいれて)
「私は朝教会を出ようとしたら扉が封鎖されており、壊れた窓から出入りしていました。昨日直さなくてよかったです」
「体を清めるために近くの小川で沐浴をしていたのですが、木の枝に掛けていた服が無くなっていました。素肌を隠して帰る羽目に――少し、恥ずかしい一日でした」
(数秒の間)
「それでは、本日の心の声。お祈りネーム【はぐれ勇者】さんから」
(一拍おいて:すべてエイファの一人語り)
「エイファさんこんばんは」
「――こんばんは~」
「僕はとある国の勇者として魔王討伐を命じられ、仲間とともに旅をしています」
「――勇者さまですか! わあ、すごいです! はじめてお会いしました」
「悩みといいますか、聞いていただけますか」
「――はいもちろんです。なんでしょう。遠慮せずおっしゃってくださいね?」
「僕はこれ以上、人を殺したくありません」
(僅かに息をのむ声)
「……」
「魔物を殺す事には抵抗はないんです。けど、盗賊やら山賊やら、時には王国の兵士たちもが襲ってくる時があります。できるだけ命を取らないよう意識しているのですが、明らかな殺意を向けられていては、そうもいかないことも多く……結果、何人もの命を奪ってきました」
「――そう、ですか」
「おかしいですよね? 魔王討伐を邪魔するという点では魔物も人も変わらないはずなのに。魔物に対しては容赦なく叩き潰したり、切り裂いたり、燃やしたりしても何も思わず過ごせるのに……人の感触だけは消えないんです」
「――ふふ。あ、すみません。そうですね、やはり同種同族の哀れみというものなのでしょうか」
(思わず鼻で笑ってしまい、慌てて訂正する)
「見た目が同じで、同じ言葉を喋る相手ですと、やはり辛いものがありますよね。自分と重ねてしまう、人という形にそもそも問題があるのかもしれませんね」
「そのせいで、今日仲間を一人失いました。大切な僕の幼馴染の魔法使いです。エイファさん、導いてください。僕の心を癒してほしい……。どうかお救いください」
(冷静な声で、子供の願いを聞くように)
「――どうして欲しいですか?」
「死んだ幼なじみになりきって、その声で、最後までやりきる勇気を僕にください」
//SE チリチリと燭台の炎が揺れる音
//SE 遠くで狼の鳴き声と木々がざわめく音
(ふっと優し気な声に戻る)
「――ふふ、承知しました。それでは【はぐれ勇者】さんの悲しみを、私の声で癒せるよう、あなたのためにお祈りを捧げますね」
(明るく、元気いっぱいな女の子の声になる)
「なあに? まーた暗い顔してるの? もう、君は勇者なんだからそんな顔してたらだめだよ? ほら笑って笑って! 元気が一番なんだから!」
(少し息を整えるようにして)
「ねえ、知ってる? 君って、ほんとはすっごく弱虫なんだよ。でもね、それでも前に進もうとするところ、私ずっと見てた。大丈夫だよ。君は弱虫に負けないくらいの勇気を持ってるんだから! それに、私が一緒にいる限り君は負けないよ」
//SE 風が吹き抜ける音/ 耳元でかすかな笑い声
「ふふ、なーんてね。でも、ほんとだよ。君がどんなに汚れても、何人殺しちゃっても、私は、君のこと信じてるから」
(語尾だけ少し震えながら、囁くように)
「だから──もう、泣かないで。ね?」
「君が人を殺したって言っても私は怒らないよ? それって使命なんだから! 邪魔するものは全部排除しなくちゃ、魔王討伐なんてできないもんね!」
(少し声が近づく)
「それとも、私に止めてほしかった? だめだよって。そう言えば君、やめられたのかな? その程度なの? 勇者の覚悟。違うよね? そんなもので止まっちゃうの? 違うよね?」
(力強く励ますように)
「君は覚悟を持って勇者になった。私もその力になれるよう、痛い思いをしてまで契約を結んでたくさん魔法を覚えた。あなたを守るために、私のほうが――背負ったよ? それがなに? だってそれが私の、勇者を守るための仲間の役目なんだから」
//SE 耳元で少し風が吹く、ヒヤッとした気配
(ほんのり寂しそうに)
「気づいてた? 私がどれだけ君のこと、好きだったか……」
(ひと呼吸置いて)
「なのに君は、あの時、どうして私を──見捨てて逃げちゃったの? こうしてる時間があったら私を探してよ。なんでこんな女なんかに縋っているの? それで私が救われるって? ううん違うよね? 君は私のことなんかより自分のこと――」
//SE 突然ノイズ(音声の乱れ)
(一拍おいて、声を整え無邪気に戻す)
「ふふっ、なんでもないよ? さあ、ほら。もう前を向かなくちゃ。君は勇者なんだから! どんな形でも私がずっと傍にいるから。だから、一緒に言おう?」
(元気よく)
「魔王を倒そう! あははっ、恥ずかしがらないで! ほら、せーのっ」
(2秒沈黙、低くのしかかるような声で)
「倒せ!!」
(3秒沈黙、静かに右の耳元で囁くように)
「倒せ」
(遠く、元気な声が届く)
「倒せ!」
(近く、左耳に呟くような声)
「倒せ……!」
(両方の耳から、元気な声と低い声、静かな声が同時に)
「倒せタオセ倒せ、倒せタオセ倒せ!」
//SE 間をあけて、声のトーンがゆっくりと戻っていく
(いつものエイファに戻る)
「ふふ、いかがでしたか? あなたの願い、叶いましたか? ああ、あなたの心が私の心に触れています。荒々しくて、容赦がなくて、鋭く冷たくて綺麗です。……素敵ですね」
「それでは、いただきますね……」
//SE こくん、とエイファが嚥下する音
「口の中に広がる鉄の香りと、どろりとした喉越し。ごちそうさまでした」
「明日も、明後日も。果たすべき務めを果たせますように。たとえその身が血で汚れ、呪われていたとしても――魂は安らぎへ導かれますように」
//SE リィィンとジングルの音
//SE 数秒その残響が続く
(数秒の間)
「今夜も、祈りに耳を傾けてくださりありがとうございました。あなたの心が、ほんの少しでも穏やかになりますように。次の祈りの時間までどうかご無事で──。それではまた明日、心の中でお会いしましょう。皆さまに――神のご加護を」
//SE 鐘の音(ごぉぉん、ごぉぉぉん)
//SE 小気味いいパイプオルガンの音
(音が小さくなっていき、無音のまま数秒の間)
//SE (場面転換の無音 数秒)
//SE ベッドが軋む音
「はあ。今日は、疲れました」
(弱く、吐息を混ぜて)
//SE ガサゴソ、ベッドサイドの机を漁る音
//SE かちゃり、小箱のフタが開く
「こんなの、もう……」
(一拍)
「――祈りはやさしいのに強い。人の声を広げて、願いを結んで……同じだけ重さもここに集まる」
(かすれ気味に)
「葛藤も、苦しみも、欲も……ぜんぶ、私が飲み込む。そうしないと、力にならない」
(小さく笑って上書き)
「だいじょうぶ。だいじょうぶ。これで正しい」
(ぽつりとつぶやく)
「――この声を続けてきたのは、あなたをこちらに迎えるため。ずっと、そのためだけに」
(ハッとして口をつぐむ。数秒の間)
「社会が辛い、傷つけるのが辛い、でしたね。なんて、勝手なのでしょう」
(自分に言い聞かせるように)
「こんな世界にあなたは来たいのですか? 私は、あなたが想像した姿で合っていますか?」
(あなたに問うように)
「せめてこれでいいのか、それだけでも教えてくれませんか?」
//SE 小箱のフタが静かに閉まる
「(静かな息遣い)」
//SE 布が擦れる、深く息を吐く
「…………」
「おやすみなさい」
(暗転)
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