花を飾ろう

白川津 中々

◾️

 好きな男が自殺した。


 とはいえ、何が変わったわけではない。

 別に彼がいなくたってお腹は空くし夜は眠い。楽しい事や嬉しい事が尽きたわけでもなく、来月に行く名古屋旅行は今も待ち遠しいのである(名古屋ってなにがあるんだろう)。好きだ好きだといっておきながら所詮は他人事。それまで一緒に過ごした時間も話した内容も忘れてしまっている。付き合っているでも結婚しているわけでもないのだから当然といえば当然なんだろうけども……


 本当はもっと、悲しまなくちゃいけないのかな。


 葬式の時、クラスのみんなは泣いていた。陰口を叩いていた子もろくに話した事がない子も一様に読経に合わせて涙をすすり、そうでない子も沈痛な顔をしていた。もちろん「知ったこっちゃない」「怠い」と、声に出さずとも表情で訴える子達もいたけれど、それは一般道徳を身につけていなかったり、そういう斜に構えた態度がかっこいいって思っているだけだから、大人になればきっとその症状は治るのだと思う。恋人か、自分の子供もでもできたら、ちゃんと空気を読むようになるんじゃないかな。


 ところで私はどうだろう。

 正座していた時、どうだっただろう。

 ちゃんと悲しい顔をしていたか、涙を流していたか分からない。あるいは軽薄な子達と同様に浅慮な様子で南無阿弥陀仏と手を合わせていたかもしれない。自分がどうだったかなんて、ちっとも分からないのだ。結局、私は彼の事をそこまで好きじゃなかったのかも知れない。


「いや、めっちゃ泣いてたじゃん。ずっと」


「え?」


 不意に彼の話をした際、友人達にそう言われた。


「葬式の時大変だったじゃん。全然動けなくて、親が手貸してたじゃん」


「あの式はあんたが主役食ってたよ。愛がすごいのなんの。まったく焼けるねぇ。まぁあいつは火葬されちゃったけども」


「……」


「ほら、これ、その時の動画」


「お前、撮影は流石に不謹慎すぎるだろ……」


「火葬されたなんて冗談吐いた奴に言われたかねぇわ」


「……」


 スマートフォンに映る、私の姿。

 乞うように伏し、唸るようにして泣いている私の声。


 あぁ、そうだった。

 思い出した。

 私、めっちゃ悲しかったんだ。


 彼と過ごした時間。バーベキューや、社会見学。何気ない会話、好きな映画、好きな漫画、好きなタレント。全部、全部思い出した。そうだ、そうだよ。大切な人だった。大切な人だったじゃないか。大切な……大切な……


「あ、泣いちゃった」


「これ、動かないやつだよ。どうする?」


「一旦、様子見しよっか」


 友達がクソな会話をしている中で悲しみが蘇る。空虚が胸を占め、心臓から声が出る感覚。彼がいない、この深い虚しさに耐えられず、私はずっと、忘れていたのだ。彼の死を、苦しみを!


「どうしようね」


「まぁ、時が解決してくれるでしょう」


「頑張れよ。私達がいるからな」


 ゴミみたいな声。うるさい。

 もう金輪際お腹も空かないし眠くもならない気がする。名古屋旅行だってどうでもいい。これからどうしよう。もう、涙しかでない。こんな人生、彼がいない人生なんて……


 ……


「……」


「お、止まった」


「大丈夫か?」


「……」


 ……なんだろ。何か、変な感じがする。教室にいて、休み時間で、友達と話しているのは分かるけれど、なにか、おかしい。


「……これ、あれだね」


「葬式の時と同じだね」


「……? なんかあった?」  


 なんの話をしているんだろう。分からない。


「いや、なんも」


「それより、来月の名古屋旅行の話しようよ」


 そうか、旅行の話をしていたんだ。


「あぁ、楽しみだね。ところで、名古屋ってなにがあるの?」


「ナガシマスパーランド」


「それ三重じゃね?」


 ……なんだか、楽しいな。

 好きな男が死んだけど、別にどうって事ないや。私って、割とクズかもしれないなぁ。


「ねぇ」


「なぁに」


「私ってさ、薄情かな」


「……」


「……」


「え、なに?」


「なんでもないよ」


「うん。なんでもなーい」


「……」


 まぁいっか。彼がいなくても人生は続くんだ。今を、楽しもう!

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