神に貰ったドラミング
武藤りきた
第1話(完結)
僕は努力が嫌いだ。
と、いうよりも努力がどうしてもできない。
何かを目標にして努力を始めても途中で苦しくなって挫折してしまう。だから何も成功しない。
僕はドラムが叩ける。中級者レベルだが。
実を言えば全く努力しなかったわけではない。ドラムの練習については、ただ、楽しかったから続けられただけだ。練習で疲れたり、飽きたりすれば、すぐにやめる。そして数日経つとまた、
「ドラムをたたきたいなぁ。」と思う。
その時にまた疲れたり飽きたりするまで練習する。ただそれだけを繰り返して中級者レベルまできたのだが、もしそれを努力と呼ぶのならば、僕は努力をしてきたのだろう。だが、「一日○時間必ずやる。」といった類の努力はどうしてもできない。
ただドラマーとして成功したいとは思っている。ロックスターになってウハウハな人生を送りたい。努力は嫌いだが。
ある夜、ベッドに入った時、僕は神に祈った。
「明日朝起きたら、世界一上手いトップドラマーになっていますように。」
僕は神様にこういうヤケクソ気味のお願いをすることがよくあるのだが、叶った事は無い。今回もまぁ駄目モトで頼むだけ頼んでみて、僕は眠りについた。
翌朝目覚めると、いつもと何か違った感覚に襲われている。なんというか、自分が世界一上手いトップドラマーになった気がしたのだ。この感覚はちょっと言葉では説明しづらいのが残念だが、確かにそういう自覚があった。
僕は急いでシャワーを浴び、出かける支度をした。自分の実力を試しに行ってみようと思ったからだ。支度が終わり、出かけようとした時、メールの着信音がパソコンから聞こえた。
何かと思って見ると、差出人がボニー・ピンクとなっている。文面を読むと、
「貴方がドラムを叩いているYouTube動画を観ました。今やっているツアーにドラマーとして参加して下さい。今のドラマーはクビにします。ギャラは百万円でお願いします。」
僕は「なるほど、こうくるか。」と思い、早速メールに書いてあった連絡先に電話すると高級車のお迎えが来た。ライブ会場に到着してから、ボニー・ピンクとしばらく談笑した後、ぶっつけ本番でライブに参加した。
僕は間違いなく世界一上手いグルーヴィーなドラマーになっていた。ライブは大成功だった。その夜はボニー・ピンクと打ち上げをして、二人きりでどこかへ行ったところまでは覚えているが、それ以上のことは酒に酔っていて記憶にない。
次の日またメールが来た。キース・リチャーズからだった。ご存知の通りチャーリー・ワッツが逝去されてしまったためベルリンでのライブで叩いてくれないかという要請だった。飛行機のチケット代、ホテル代等は勿論向こう持ちだった。ライブはやはり大成功。
世界中の音楽ファンが僕に注目をしだした。
その後もレッチリのチャド・スミスの代役をやったり、世界中のあらゆる有名バンドのドラマーにとって代わりドラムを叩いた。僕はあらゆるマスメディアで取り上げられ、世界に影響を与える百人の一人にも選ばれた。ビル・ゲイツが「貴方のために財団をつくりました。」と言って百兆円くれたりもした。
自分のバンドを作り、サブスクで配信したら再生回数が百億回を超えて、グラミー賞も貰った。詞も良かったので、ついでにノーベル文学賞も貰った。
ただ僕は一つだけ不満があった。いくら上手いドラムを叩いても楽しくなかったのだ。
理由は明らかだった。自分で練習して得たドラミングではなかったため、自分が叩いている気が全くしないのだ。ただ、体が勝手に動いていただけだった。
これは僕の実力ではなかった。
僕はパレスチナでライヴをやって中東問題を解決した後、ノーベル平和賞を貰った。
その夜、僕はもう一度神に祈った。
「世界一のドラマーになりたいと祈ったあの夜に戻して下さい。自分で獲得したわけでもない技術でドラムを叩いても、何も楽しくありません。」
翌朝起きると、僕のドラム技術は元に戻っていた。何故かはわからないが、一切のオファーも来なくなった。恐らくこの間の事は無かったことになっているのだろう。財布にも札束は無くなっていた。全てが夢だったかのように消えてしまった。
僕は一時間五百円のリハーサル・スタジオに行った。元の中級者ドラマーに戻っていた。
バスドラムを踏み、スネアを叩く、シンバルを叩く。ただそれだけの事が楽しいと感じた。
僕は思った。
「これでいいんだ。」
了
神に貰ったドラミング 武藤りきた @Rikita_drummer
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