第3話 あなたはどういう勇者なんですか?
少女は路地裏までやってくると、やっと俺のことを下ろしてくれた。
「ここまで逃げればきっと大丈夫なはずです!」
朝から変なことばかりが起きていて少し混乱している。
しかしまずはこの少女が一番の問題だ。
「君は一体何者なんだ……なんであんな戦いを……」
「あ! 名乗り遅れていましたね! すみません!」
少女は頭を下げ、それから名を名乗った。
「私、アルス・クラウシスと申します! 気軽にアルスって呼んでください!」
「アルス・クラウシスだ……? 偽名を名乗るにしても随分と大胆な人選だな。初代勇者様の名前を騙って街で大暴れとは……」
「偽名ではありません! 私はれっきとしたアルス・クラウシス本人です!」
「はぁ、まあそういうことにしておこう。それで、君はなんであんな場所で大騒ぎしていたんだ?」
「それは私もまだよく分かっていなくて……こう、言っても信じてもらえないかもしれませんが……」
「なんだよ、急に言いにくそうにして。勇者の名を騙るほどなんだからどんな言い訳でも出来るだろ?」
「名は騙っていません!」
「それで、どんな事情なんだよ」
「私……実はとっくの昔に死んでいまして……」
「は?」
俺は一歩下がって、彼女の姿をまじまじと確認する。
銀髪を切りっぱなしのボブにした猫目の少女だ。瞳の色は快晴のような青。身長は平均程度で、装備しているのは最低限の甲冑と一本の質素な剣だけだ。
幽霊のように透けているわけでも、足がないわけでも、浮いているわけでもない。
どこからどう見ても彼女は生者だ。
「勇者の次は死者ときたか。クスリでもやってんのか? まだ若いのに、君ほど剣と魔法が達者なら聖騎士団にも入団出来るだろうに、勿体ない」
自分でそう言っていて、俺は違和感を覚える。
「君ほど強ければ……世間に名が知られていないのは不自然だ。俺はワケあって歴代の勇者や魔王については詳しくてな、そのついでで聖騎士弾のメンバーや腕の立つ武芸の達人なんかにもある程度詳しい自信がある。そんな俺が君を見ても何も思い当たらないというのはおかしな話だ」
あれだけ派手な戦いをしておいて無傷、ここまで俺を抱き抱えて、跳躍も華麗だった。これだけの身のこなしが出来る人間はそうそういない。
「君は一体……」
少女は少し困ったような顔をして、それから口を開いた。
「そういうあなたは、どういう勇者なんですか?」
俺はアルスを名乗るその少女の問いに眉根を寄せる。
「それはどういう意味だ? 俺は勇者なんかじゃないぞ?」
「じゃあ魔王さんなんですか?」
「魔王なんかなわけないだろ! 俺は……」
俺は何者でもない。何者にもなれなかった者だ。
「俺は名乗るほどの者じゃない」
「わ、それ格好いいですね! いたいけな少女を助けておいて名前も名乗らないなんて、それってかなり勇者っぽくないですか?」
「からかうなよ。名を名乗っていないのはお互い様だろ?」
「私はアルスなんですけどね!」
俺はため息を吐いた。
コイツは意地でも初代勇者のアルス・クラウシスで通すつもりらしい。
いいだろう、コイツのことはこれからアルスと呼んでやる。
「俺はグラウ・アルヴァトーレだ。グラウでいい」
「グラウさん! お名前も格好いいんですね! グラウさんが戦った魔王は一体どんな魔王だったんですか?」
「だから! 俺は勇者じゃないんだよ!!」
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