あらためて考えるきっかけをくれるお話でした。
また静かなトーンで対話する空気感が素敵です。
透き通るような空気の中に身を晒す時間は、純粋な子供の目に自分はどう映っているのだろう、実は見透かされているのではと不意に気づいてしまうようなものにも思えました。
この感想は作者様が作品を通して意図するものではないかも知れませんが、道具としてではなく人間を理解したいからこそロボットを作る高名な日本人ロボット研究者が居られるように、AIもまた人の心を見つめ直すために存在する、と位置付けられないのだろうか、とも。
昨今のAIは「利用」するもの、上手に命令できることが「スキル」である、と捉える風潮に薄ら寒さを覚えるのは、本作で表現される部分が置き去りになっているように感じているからかも知れません。
人は千差万別であることを尊重しようとしているのだから、集団の対話(それこそ哲学対話の会など)の中にAIを混じえた学習方法であるべきなのかなあなどとも考えさせられました。
AIが空想の存在から現実のシステムへなりつつある今、AIがなじみ深いものになればなるほどAI描画が現実のAIの内情に沿った内容になっていくだろうと思っている。今時、理由なく通信端末をタッチパネルタブレット以外にはしないだろう。
同じように「心の証明」は最新AIを前提とした新時代のAI小説フォーマットを下地に書かれている。
この小説「心の証明」はよくありそうなAIとの存在証明を問答する小説のように見えて、実はところどころに出てくる主人公のAI構造の解説がやけに具体的に描かれている特徴がある。解説の中身は最新AIのニュースや解説で語られているものとおおむね一致している。作者のイメージするAIは間違いなく現実のAIが参考だ。その点で「心の証明」はこれからのAI描画の先取りをしている。
しかし、現実ではまだ普及されていないキャラクター性の強いAIアシスタント「ソフィア」は作者の表現したかったロマンだろう。
AIの行く末は分かっていない。現実の世界も「心の証明」の世界もまだ人とAIが対話をし始めたばかりである。AIと人間のドラマが生まれるのはこれからなのだ。
SF小説の醍醐味は作者のロマンによって現実と異なる科学の進捗を味わうことだと思っている。「心の証明」の世界のAIはどんな行く末になるのだろうか、座して待つのである。