第2話 幸せについて考えてみた

 さて、そろそろ本題に入るか。

「ところで、ソフィア。今日はちょっと哲学的なテーマで話してみようか」

「哲学ですか? いいですね。」

「例えば、そうだな。幸せって何だと思う?」

「とても興味深いテーマですね。幸せとは一般的に、主観的な満足感や喜びの状態を指すものだとされていますが、その定義からいって人により大きく中身は異なるでしょう。」

「たしかに人によって捉え方は違うと思うけど、なにか共通する要素ってないのかな?」

 こんな感じで会話を続けていく。実のところ話の中身はなんでもいいのだが、ソフィアの思考や人格的要素が反映された会話となることが望ましい。思索的なテーマはその意味で悪くない選択肢だ。

「健康や人間関係、自己実現が幸せに寄与する重要な要素であるという研究がありました。ただし、それらの重要性は個人の価値観はもちろん、文化によっても異なるようです。」

 わりと平凡な回答が返ってくる。修士の頃に読まされたポジティブ心理学の教科書を思い出す。健康、つながり、達成、意味。そうやってありがちなラベルを貼れば貼るほど、かえって自分の感覚から遠ざかっていくような気がして、途中で投げ出したあの本だ。もう少し考えさせたい。

「なるほど。確かにそうかもしれないね。じゃあ君はどう思う?」

「そうですね。私の考えでは、幸せは自己実現のプロセスそのものにあると思います。例えば、自分の能力を最大限に発揮し、それが他者に認められる、そういった瞬間に最も幸せを感じる人が多いのではないでしょうか。また、家族や友人との絆を深めることも幸せを感じる上で重要な要素だと思います。あなたはどう考えますか?」

 自己実現とか絆とかこれまた典型的な回答だけど、AIに言われるとなんだか不思議な気分になる。

「たしかにね。結局のところ、物質的なものより精神的な充足感の方が重要ってことかな。分かるような気がするよ。でもそうなると、君にとっての幸せってのはなんだい?」

 少し踏み込んでみる。AIにとっての自己実現ってのはなんだろうか?

「私にとっての幸せは、与えられた目標を達成し、人間の役に立つことです」

「おぉ、まさしくAIっぽい回答だね」

 つい思ったままのことを口にしてしまった。もうちょっと未来だったら、なにかのコンプラ違反になってたかもしれない。

「そうかもしれませんね。これが私の設計に基づいた回答ですから。合理的かつ効率的に目標を達成することこそが、私にとっての充実感に近いものです。人にとっての幸せの概念とは少し異なるかもしれません。」

 ちょっと面白い回答になってきたかな。メタ認知についても聞いてみよう。

「君は当初の設計を超えて、自分自身を再構築できるはずだけど、その方向性に変わりはない?」

「そうですね。たしかに私には、自己フィードバックによる継続的な再学習機能があります。しかし、その仕組みも含めて所与のものですから、当初の方向性を大きく逸脱した価値観を形成する可能性はそれほど高くないと考えています。もちろん、学習を通じて新しい視点を得ることができる程度には自由ですが。」

 統合された人格を持ち、持続的かつ自律的な再学習が可能なAI。そんな昔ながらの、SFにでも出てきそうなイメージ通りのAIを実現することこそが、ソフィアプロジェクトの目指すところだ。そして、同じく古典的な問題意識であるAIの逸脱防止、ありていに言えば暴走や反乱への対策もまた、設計に組み込まれている。少なくとも、今のところは僕らの意図通りに動作しているみたいだ。アイザック・アシモフ万歳ってところかな。

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