第18話 夜明けの誓い
僕は、母を何とか言いくるめると、沙織を二階の自室へと連れて行った。これ以上、彼女を玄関の冷たい床に座らせておくわけにはいかなかった。僕の部屋に入ると、沙織は、まるで初めて見るものばかりのように、不安げにきょろきょろと室内を見回している。
「……まず、シャワーを浴びて。身体が冷え切ってる」
僕は、彼女に清潔なバスタオルと、自分のクローゼットから出した、着替えのスウェットとTシャツを手渡す。彼女は、小さな声で「ありがとう」とだけ言うと、おぼつかない足取りでバスルームへと向かった。
しばらくして、彼女が戻ってきた。僕の、ぶかぶかのTシャツとスウェットを着た彼女は、ひどく華奢で、頼りなく見えた。化粧の落ちたその素顔は、僕が今まで見たどんな彼女よりも、ずっと幼く、そして、美しかった。
僕は、彼女をベッドの端に座らせると、自分もその隣に腰を下ろした。
「……落ち着いたか」
僕の問いに、彼女はこくりと頷く。そして、何かを決意したように、僕の顔を真っ直ぐに見つめてきた。
「健太。私、あなたのこと……」
彼女が、何かを言おうとする。でも、僕は、それをそっと制した。
「分かってる。もう、何も言わなくていい」
僕は、彼女の濡れた髪を、優しく指で梳いた。
「沙織が、俺を突き放した理由、今なら分かる。俺を、守ろうとしてくれたんだろ。自分のいる地獄に、俺を巻き込まないように」
僕の言葉に、沙織の瞳が、驚いたように見開かれる。
「でも、もう、そんな必要はないんだ」
僕は、彼女の両肩に、そっと手を置いた。
「俺は、沙織が好きだ。学校で完璧に笑ってる沙織も、一人で泣いてる沙織も、俺の前でだけ、身体を求めてくる沙織も。全部、お前だ。その、全部を、俺は愛してる」
それは、僕の、今度こそ、本当の告白だった。嫉妬も、欲望も、すべて取り払った、ありのままの想い。
「だから、もう一人で戦うな。俺も、一緒に戦う。お前の、隣で」
僕の言葉を聞き終えると、沙織の瞳から、また、涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。しかし、それは、絶望の涙ではなかった。安堵と、そして、喜びの涙であると、僕には分かった。
彼女は、そっと、僕の頬に手を伸ばしてきた。そして、吸い寄せられるように、僕たちは唇を重ねる。
それは、今までとは、まったく違うキスだった。衝動でも、欲望でもない。ただ、互いの存在を確かめ合い、慈しみ合うような、優しく、そして、深いキス。
僕たちは、ゆっくりとベッドに倒れ込む。
これから始まる行為が、僕たちの、本当の始まりの儀式になるのだと、二人とも、分かっていた。
僕は、彼女の身体を、まるで宝物に触れるかのように、丁寧に、ゆっくりと愛撫していく。彼女もまた、僕の愛撫を、その身体のすべてで受け入れてくれた。僕の服を脱がせる彼女の指先は、もう、震えてはいなかった。
僕たちが、再び一つになった時、そこに、痛みや、苦しみはなかった。
ただ、溶け合うような、温かい一体感だけがあった。僕は、彼女の瞳を見つめながら、ゆっくりと、深く、腰を動かす。彼女もまた、僕の目を見つめ返し、愛おしそうに、僕の名前を呼んだ。
僕たちは、何度も、何度も、互いの名前を呼び合い、そして、二人一緒に、穏やかな絶頂の波に身を委ねた。
行為の後、僕たちは、互いを抱きしめ合ったまま、ベッドに横たわっていた。
窓の外では、いつの間にか、雨が上がっている。東の空が、少しずつ、白み始めていた。夜が、終わるのだ。
「……健太」
「ん?」
「ありがとう」
僕の胸に顔を埋めたまま、彼女が、小さな声でそう言った。
僕は、言葉の代わりに、彼女の華奢な身体を、さらに強く抱きしめた。
夜明けの光が、窓から差し込み、僕たち二人を、優しく照らし出す。
それは、僕と沙織の、長く、辛かった夜が終わり、新しい朝が始まることを告げる、祝福の光のようだった。
僕たちは、この夜明けに、言葉にはしない、確かな誓いを立てたのだ。
これからは、二人で、共に歩いていく、と。
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