第30話 夢に見た生活

「セーンパイっ」


 

 授業が終わり、教科書を片していると、耳元から聞こえてきた声。


 それが誰のものか当然わかった上で、声の方に顔をやる。


 

「……顔が近いな」


「えへへっ。でも、センパイはこれがいいんですよねー?」


「…………昼飯でも食べに行くか」


「あ! 誤魔化しましたね!?」



 それでまた「えへへっ」と彩芽は笑う。


 顔が良ければ声も良く、身体は小柄で可愛らしい。


 献身的な性格も相まって、彩芽は銀河最強の彼女になっているのだ。


 

 当初こそ、彩芽からの愛を受け取るだけの受け身な姿勢だったのだが、付き合い時初めてからそれは変わった。

  

 彼女の魅力が次々と出てきたことによって、俺の心は完全に彼女に掴まれてしまい、今のところ離してもらえるような気配はない。


 これに関しては、語ると長くなってしまうので、ここまでにしておこうと思う。



「にしても、彩芽はすごいと思う」



 俺の脳内惚気はほどほどにしておき、二人仲良く中庭へと向かっている道中で、俺はそう切り出した。


 彩芽はさぞ驚いたような風に反応したが、口角が上がっており、まんざらでもなさそう。

 


「なんですか急に。褒めてもワタシのテンションが上がるだけですよ?」


「それならそれで……じゃなくて、彩芽は俺たち上級生の教室に堂々と入ってくるだろ? それってなんというか、勇気のいることだと思うんだよ」


「うーん、そうですか?」



 力説する俺に対して、当の本人である彩芽はピンと来ていないようで、首をかしげている。


 しかし、何としてでもこのすごさを伝えたい俺は、めげずに続けることにした。



「だって、全員が全員年上で、かつガタイもいいだろ? 仮に彩芽が霊長類最強だったなら、話は別だが、そういうわけでもないし」


「なんですか? ワタシにレスリングでもやってほしいんですか?」


「何がどうしてそうなった?」


 

 オリンピックに出場して金メダルを乱獲する彩芽は、言葉として表せないけど、なんか嫌だな。


 しかも、体格的に合ってないレスリングだし。



「まぁそれは冗談として、別にワタシはそんなこと気にしたことありませんよ」


「なんで――――」


「だって、ワタシにはセンパイがいるじゃないですか」


「きゅん……」


「それはあんまり声に出して言わないやつですね」



 今日の彩芽はツッコミが冴えている。


 それにしても「ワタシにはセンパイがいる」とはなんて良い言葉なんだろう。


 録音でもして、スマホの着信音にしたいくらいだ。



「センパイって基本優柔不断ですし、抜けているところありますし」


「なんで急に悪口大会始めたの?」


「……でも、いざという時は頼りになりますから。あの時みたいに…………」



 見れば、彩芽の耳と頬は少し赤くなっていた。


 こんな反応されちゃうと、俺まで恥ずかしくなってくるんだけど。


 ていうか、あの時言った言葉を思い出すだけで恥ずかしくなる。



 訪れる静寂、二人分の足音と周囲の喧噪だけが耳に入ってくる。


 そうこうしているうちに、中庭の入り口に到着してしまった。


 

 今日はあまり人がいなくて助かる。

 

 たまに人が多すぎて、せっかく来ても教室に引き返しちゃうことがあるんだよな。


 なんて考えていると、彩芽が急に俺の前へと出てきた。



「彩芽? どうした――――」


「だから! ワタシはセンパイのことが好きって、ただそれだけです!」



 そんでまた「えへへっ」と笑う彩芽。


 …………やっぱりこの子は俺の心を離すつもりはないらしい。

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