運動も勉強もダメだった私を救ったのは、自由に生きる女だった

@jadn

第1話:逃げ出したい日々

四月の春風は、教室の窓からそっと差し込む。しかし、私の心はまったく春の陽気を感じていなかった。勉強も恋も、すべてが中途半端で、まるで手のひらの砂のように、つかめばつかむほどすり抜けていく。


「また赤点……」ノートに書かれた数字を見て、思わずため息がもれる。母に言われた言葉が頭の中で反芻する。「女の子なんだから、ちゃんとしなさい」。でも、ちゃんとしようとしても、どうしても心はどこか逃げ出したがっていた。


家の外では、春の匂いが混ざった風が吹く。桜の花びらが舞い、通学路を歩く学生たちは笑顔を浮かべている。だけど、私は違った。笑顔を作ろうとしても、顔の筋肉が勝手に拒否する。逃げ出したい――その思いだけが、胸の中で膨らんでいた。


そんなある日、いつもの帰り道に、少しだけ不思議なバーの看板が目に入った。古びた木の扉に「Bar Suto」と小さく書かれている。普段なら絶対に足を踏み入れることなど考えられない、怪しい雰囲気の場所だ。でも、その日ばかりは、心のどこかで「入ってみよう」と思った。現実から逃げたい、ただそれだけの気持ちだった。


扉を押すと、店内は薄暗く、ジャズの音が静かに流れていた。カウンターには、私より少し年上の女性が立っていた。長い黒髪に、落ち着いた表情。その人はにっこりと笑い、私に向かって言った。


「初めてかしら? ここは名前を隠して楽しむ場所よ。本名なんて必要ないの」


私は戸惑いながらも、「えっと……名前は……」と口ごもる。すると女性は軽く手を振り、笑った。


「じゃあ、好きな名前で呼んでいいわ。私は『すと』。覚えてね」


その瞬間、なぜか心が軽くなった。ここでは、過去の自分も、勉強も、誰かに裏切られた恋も、全部忘れられる――そんな予感がした。


それから数日後、すとに誘われて、バーの外で少し奇妙な光景を目撃することになる。黒人がたむろする危険地帯を、堂々と歩く女の子――からす――の姿だった。ジーンズに革ジャン、足取りはまるで自分の世界を持っているかのように力強い。周囲の視線などお構いなしに歩くその姿は、まるで漫画のヒーローみたいで、私は思わず目を奪われた。


「……かっこいい」心の奥底で小さな声が漏れる。


すとは笑いながら私の肩を叩いた。「気に入った?この前話したイケメン女子のからすよ 彼女、ただものじゃないわよ。見てなさい、あなたも巻き込まれるかもしれない」


その日、私は初めて、自分の中の逃げたい気持ちが、少しだけ好奇心に変わる瞬間を感じた。からすという存在は、私にとって未知で、危険で、でも目が離せない――そんな感情を引き起こすものだった。


帰り道、桜の花びらが舞う夜空の下、私は無意識に笑っていた。現実逃避でもいい、少しでも自分の心が自由になれるなら、それでいいのだと思った。明日もまた、からすに会いに行く自分を、すでに想像していた。


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