第11話 愚の麗氷
地下の炎が弾ける。
足下から響く雷鳴のような重低音。
台風の中の海面のように暴れ動く地面。
草原の四方に走った亀裂から眩い炎の光が噴き上がり、極限の熱が殻を破る猛りが聞こえてくる。
「うおおおおおおおお!?」
「き、来て【アクシリア】!!」
『ぶち抜け』
炎が草原を吹っ飛ばした。
雨季の荒ぶる滝のような炎の濁流が、俺の視界を埋め尽くす。
草も土も岩も全て、灰も残らず消えていく。
『フュリュリュ!』
炎の中に新たな気配が現れたのを感じた。
人や獣とは違う、俺に近しい雰囲気の魔力を持つ何か。
―― 水の体を持つ人魚の少女。
『ルルルルルルッ!!』
少女が魔力のこもった叫び声を上げた瞬間、泡のような結界が展開され、イケメン達をその中に包み込んだ。
イケメンと神官は疲労し切った青い顔で膝を突く。
だが、産廃レベルにぶっ壊れた大男は左手で腰から下げた十字鍵の一つを外し、握り締めたそれを俺へと向けてきた。
『……一つ勉強になった』
一人の少女を悪意を持って傷付け、その苦痛を嘲笑った外道の仲間が。
―― それが俺には、汚物で作った聖像のように見えた
『醜悪が極まったものを見れば、人でなくても吐き気を催すんだな』
ああ、マジで耐え難い。
「テン・」
低くずっしりとした大男の声と共に、十字鍵が形を変えて大男の左腕と一体化していく。
「ストラテジー」
完成した砲口が俺を向き、砲身の奥の闇に灯る魔力の洸が俺を狙う。
『
今この場所に満ちる炎は俺だ。
捕らえた者達を虚無の底へと落とす死の灯火であり、形のある
願いや祈りさえ燃え尽きて、もう誰にも何処にも届く事は無い、絶望の檻だ。
「ごっ!!」
大男の左腕が砲声を轟かせた。
白煙を爆発させながら壊れていく砲身の中から、これまでとは比べものにならない威力の砲弾が放たれる。
―― もう翼で守る必要などない。
闇に浮かぶ景色を潰すように。
炎はカタストロフへと変わる。
『プラズマ・エンド』
泡の結界へ向け、炎が超高速で集束する。
圧縮された莫大な炎は超高熱の雷光を放ちながら、泡の結界を呑み込んでいく。
砲弾は秒も掛からずに消え去った。
泡の結界もすぐに消えるだろう。
「あ、あああああああああああああああ!!」
「っ」
右手でブンブンと剣を振り回すイケメンと、残骸のように転がる大男。
その中で、神官の少女が虚ろな目を俺に向けてきた。
「助けて、下さい」
……。
……報いは、受け取れ。
「イフリート、殺しちゃ駄目」
俺の中から弱々しいカナンの声が聞こえた。
「お願い」
『!?』
カナンの声が俺の中に染み込んだ瞬間、炎が止まった。
莫大な炎が陽炎のように消え、夜空の下に広がる闇が現れる。
『ちっ』
草原は消えて底の見えない大穴となり、イケメンと大男、そして神官の三人が闇の中へと落ちていった。
『カナン、どうして止めた?』
「人を殺すのには覚悟がいる。覚悟も無く人を殺せば、残った後悔は呪いとなる。ボクの師匠の言葉だよ」
静かにカナンが語り掛けてくる。
「イフリートは迷ってた。だから殺しちゃ駄目だったんだよ」
何つ――馬鹿だ!
こいつ、この状況で俺を気遣いやがった!!
『おいカナン、俺は魔法だぞ? 人を殺して後悔? あるわけないだろうが』
三人は、ああっ、気配が消えた。
『が――――っったく。おいバカカナン! あいつ等を逃がした意味をわかってんのか!? 反省して更生するどころか、逆恨みして復讐に来る事が確実な外道どもだぞ! 今みたいな事になったらどうする積もりだ! もし俺が間に合わなかったらお前はっ』
「ありがとうイフリート。ボクを心配してくれて」
カナンの両手が
その優しく撫でるような触り方が、非っっっっっっっっ常っ―――――――にムカつく!!
『このバカカナンがっ!! もう俺は知らねえからな!!』
「ふふふ。うん、イフリートがいなかったらボクは終わってた。それはちゃんと理解しているよ。本当に、ありがとね」
陽射しのような温かみのあるカナンの声に、俺の毒気が抜けてしまった。
「今回は油断して薬を盛られちゃったけど、次は本気で気を付ける!」
『……ああそうかよ。そう願うね』
「大丈夫だよイフリート。それにさ、今度バルナバ達と会った時、彼らが敵として振舞うなら」
冷たい声が炎の中を通る。
一拍置いてやっと、それがカナンの声だったのだと理解した。
「はぁ――、本当に見誤っちゃったわね~。カナンちゃん程度が契約した精霊がここまで強力だったなんて、お姉さん
『はっ。三流魔法使いが自分の節穴鑑定眼を嘆くのを聞くと、
白い月の浮かぶ、遮る物の無い夜空。
宙に在るのは炎の翼を広げた俺と、三角帽子を被り装飾品で身を固めた魔法使いの女。
その女の体は青白い魔力の洸を発し、魔獣よりも怪物じみた気配を放っている。
『まあそんな事より、どうしてお前はあの三人を助けなかった? 仲間だったんだろ?』
「ついさっきまではね~」
こいつは俺が草原を吹っ飛ばした時に一人だけ炎の外へと逃げて、以降は傍観者を気取っていた。
イケメン達を〈プラズマ・エンド〉で焼き殺した後、完成したプラズマをぶつけてやる積もりだったんだが……。
「でも所詮は行きずりの関係で、バルナバが上手かったから居ただけなのよね~。ボニートを弄るのも飽きたし、もう要らないかなって」
女の、青みを帯びた銀色の瞳が細まる。
「ねえ、あなたって何?」
『おいおい、見てわからねえのか? 俺は一級品の芋娘様の、最高の魔法だぜ』
あ、カナンが俺の中で抗議している。
「ちょっとイフリート、芋娘って酷くない?」ってか。
ま、あとちょっと大人しくしててくれ。
町で泥を落としたら話は聞いてやるからよ。
「なるほどね。よくわかったわ」
女が右手の杖を放り捨てる。
青い宝玉の付いた杖が、闇の底へと落ちていった。
『それは降参の意思表示と取っていいのか?』
できればそうであって欲しいという期待がある。
しかし、女は俺の言葉など聞こえていないかのように首飾りを外し、その次は両手の腕輪を取り外した。
「精霊はね、自己認識を歪める行為はしないのよ。彼らはその存在が魔力的に定まっていて、それを
女が両手を握り締め、虚空へと指を開いた。
粉々になった装飾品が、女の掌の中から夜の風へと散っていく。
「ましてや自分を〈誰かさんの魔法〉だなんてね。そんなの、口が裂けても言わないような事じゃない?」
ぱんぱんと、女が両手を軽く叩く音が響く。
「コスプレタイム終了っと。あ、そういえば自己紹介がまだだったわね?」
青白い炎が女を包み、それが晴れた時、白銀の髪が月の光の中に広がった。
「私は【愚の
レオタード状の衣装を纏った体から、更なる莫大な青白い魔力が噴き上がる。
「偉大なる錬金術師、【愚の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます