第6話 大魔法使い

~ side:イフリート ~


 頭と体をに貫かれた瞬間、俺の意識はカナンの中に戻ってしまった。


 最悪だ。

 この状況は敵襲以外に無いっ。


『こんなっ、二日酔いもどき、程度にっ』


 体の中を熱と不快感が暴れ回り、吐きたいのに吐けりゃしない。

 自転車で崖を転がり落ちた時のようにグルグルと視界が回り、立ってさえいられない。


 くそっ!

 ストロング缶を六つ飲んで頭をアルコールでぶっ飛ばした翌朝でも、ここまで酷くは無かったぞ!?。


『俺は、魔法だっ』


 何か喋ってないと意識を持っていかれる。


『人間を超えたっ。 こんな所でっ、こんな醜態を晒してんじゃねえっ』


 不快感を振り切る為に、言葉を自分に叩き付ける。 

 出口の見えない泥の嵐を突き抜ける為に、怒りを燃え上がらせる。


 もし、だ。

 もし万が一、俺に「ありがとう」と言ってくれたあの少女を死なせてしまったら。

 カナンが与えてくれたものを返せないまま終わってしまったら。


 俺は失う。


 魂の熱を。


 人間だった時に心を壊された、あの時のように。

 

『頑張りやがれっ、俺!!』


 意識が飛ぶ。

 駄目だ、闇に、呑まれる……。


『君、大丈夫かい?』


 男の声が聞こえた。 

 そして次の瞬間、嘘みたいに俺の中の不快感が引いていく。


 背中に触れた誰かの手から温かく澄んだ〈力〉が俺の中に流れてきて、それが俺の中で暴れるを静かにさせていった。


『はぁ、はぁ、はぁ。すまん、助かった』

『礼には及ばないよ。調子はどうだい?』


 膝を突いて立ち上がる。

 視界良好、体も普通に動く。


『大丈夫だ。持ち直した』

『そうか、それは良かった』

 

 声のした方へ顔を向ける。

 黒いローブを体に纏い、三角帽子を被った長身の男が俺の目に映る。


 ここに居る時点で俺の同類である事は間違いないんだろうが、俺と違って随分と落ち着いた雰囲気の奴だなと思う。


『出口へ案内しよう。付いてきてくれ』


 八方塞がりの状況だ。

 こいつが敵だったとしても、何か得られるものはあるかもしれない。


『……わかった』


 俺が頷くと男が前に進み、俺はその背中を追う。

 真っ暗で何も無い世界に光が差し込み、青い空と雄大な山々に囲まれた景色の中に、緩やかな斜面に広がる山村がその姿を現した。


 石を積み上げて作られた壁が村の周りを囲んでおり、開け放たれた門から男の後に続いて中へと入る。

 土の大通りが奥へと続いており、その両脇には木と石で作られた素朴な家々が、綺麗に立ち並んでいた。


 真新しい家がちらほらあり、それなりの年数が経っているように見える家もよく手入れがされていて、古いからといって見劣りするような物は見られなかった。


『なあ、出口ってのはまだなのか?』

『まあまあ、ゆっくりと行こう。君の存在はからね。乱暴にするとこの世界に悪影響が出てしまうんだよ』

『……わかった』


 誰もいない村の中を、男と一緒に歩いていく。


『この商店の乳製品の品揃えは村一番でね。カナンの大好物の山羊のチーズをよく買わせて貰ったよ』

『ふーん』


 牛を象った看板を掲げた、割と大きな店の前を通り過ぎる。


『この魔道具店は冒険者を引退したおばあさんがやっててね。カナンが三歳の時にね、風晶石のペンダントを買ってあげたんだ』

『へえ』


 店の入口には古めかしい蘭燈ランタンが吊るされている。

 丸く広がる傘がまるで帽子のつばのようだ。


 どこそこの前や横を過ぎる度に、男はカナンとの思い出を語り、俺は逸る気持ちを抑えながら、男の言葉に相槌を打つ。


『僕の妻は騎士の家の出でね。とても美人で求婚者が絶えなくてさ。領主様から側室にって話もあったんだよ』

『……』


 おいおい、リア充自慢かよ?

 もしここがカナンの中じゃなかったら暴れていたぞ? ん?


『ほら、あそこの林の茂みなんだけど』

『……』


 男の左手が指さした先に、鬱蒼と茂る雑木林が見えた。

 ま、子供と隠れんぼなんかするには丁度いいかもな。


『僕と妻がカナンを作った場所だよ』

『ぶほっっ!! げほっ、げほっ』


『あっはっは、冗談だよ』

『おい、てめえ!!』


『しかめっ面の怖い顔で戦う勇者なんていないだろ?』

『は? 何言ってやがる?』


危機ピンチの人達を救う希望の力は笑顔でいなくちゃいけない。守るべき人達を怖がらせるなんて論外さ。あ、これ僕の信条なんだ』


 雷鳴が響き、空に黒い雲が立ち込める。

 何処かから甘い匂いが漂ってきて、風に浚われる灰の山のように、村の姿が闇の中へ消えていく。


『魔法とは気持ちだよ』


 荒れ果てた大地の上にはもう、俺とこの野郎しか存在していなかった。


『技術や計算を超えた場所にある力を、僕らは生まれた時から持っている。大魔法使いの僕が魔法の奥義を教えてあげよう』


 ニヤリと得意げに、が笑った。


『自分の心を忘れるな』


陳腐ちんぷだな』

流行はやりの言い回しは響かないものさ。人の心にも、世界にもね』


―― イフリート!!


 空の向こうから、俺を呼ぶカナンの声が聞こえた。

 そして、外の世界の情報が俺の脳裡に流れ込んでくる。


『こいつはまぁ、よくもやってくれたもんだな……』


 痛め付けられたカナンの様子にはらわたが煮えくり返る。

 

 だが草原に俺が刻んだ炎は全て消されており、カナンの体内の魔力循環も妙に弱々しくなっている。


 媒体となる炎やカナンの魔法がなければ、俺は外に顕現する事ができないが……。


『イフリート君、あの女性には気を付けた方がいい。とても強力な魔法使いだ』

『ああ』


 宝飾品をじゃらじゃらと身に付けてケバイ化粧顔をしているが、本当に嫌な感じのする魔力を発している。


『カナンのいる草原一帯に、彼女が〈氷風の結界〉を張っているみたいだね。あの中では火の魔法を使えないだろう。イフリート君がスティンク・ゴブリンや魔風の王鷲を倒した時のように、あの四人を中から焼き尽くすという方法もできないと思う』

『なるほど。参考になったぜ大魔法使い』


 敵ながら一流の仕事って感じで感心する。

 下衆じゃなければ素直に〈いいね〉を押してやっただろう。


『さて、じゃあ俺は俺の仕事をするか』

『イフリート君』


『心配すんなよ親父さん。勝算はある。あんな野郎ども、纏めて消し炭にしてやるよ』

『娘を、カナンをどうかよろしく頼む』


 俺の足元に、青い洸を帯びた五芒星が浮かび上がる。


『ああ。頼まれた』


 強者を気取る下衆野郎どもに教えてやる。

 お前らの小さな世界の外には、お前らを焼き尽くす炎があるってな。

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