第4話 空の死地

 右手を銃の形にして、人差し指の先を一番小さな個体に向ける。


 大鷲の数は五。

 中でも特にでかいのが一。


『カナン。合図をしたら一発だけ魔法を使ってくれ』


 俺の作戦をカナンに伝える。


 大鷲どもこいつらのは、さっき火達磨ひだるまにした一羽で理解した。

 松ぼっくりのように簡単に燃やせたゴブリンや森の獣どもと違い、まるで湿った丸太を燃やすように、大量の魔力を使う羽目になった。


 そして数で襲い掛かってくる今、この全部を火達磨にするのは無理だ。

 魔力も、手数も絶対的に足りない。

 正攻法では負ける。


 だから俺達が生き残るには、奇策でもって大鷲どもこいつらの意表を突くしかない。


「了解だよイフリート」

『頼む』


 目算。俺と大鷲どもの〈殺しの間合い〉が重なるまであと一~二秒。

 

 その猶予の間に、俺の右人差し指の先に全力で炎を集中、圧縮する。

 指先の炎がその赤を濃く深くするにつれ、俺の体の炎が薄くなっていく。


 二発。


 それが今の魔力残量げんかい


「ピギィイイイイ!」


 〈でかいの〉が吠え、一斉に翼をはためかせた大鷲どもの速度が上がった。


―― 子曰く、智将勝つ奴は敵にむ。


『貫けっ!!』


 人差し指から放った赫光かくこうが一番小さな個体の額を狙う。


「ピギィッ!」


 しかし〈でかいの〉が一瞬で射線に割り込み、その巨躯の影に〈小さいの〉を隠してしまった。


 赫光かくこうが〈でかいの〉が纏う桁外れの魔力に弾かれ、黒褐色の羽毛の上を滑る。


『だよな。普通、を守るもんだ』


 直感的になどと態々言うまでもなく、一目見てこの群れが家族だというのはわかっていた。


 だから一番弱い子供の〈小さいの〉を狙えば、一番強い親である〈でかいの〉がどう動くは予想できた。


 そして今の状況を神の視点ゲーム的に言えば。


―― お前は行動回数を一つ無駄にした。


 赫光かくこうが進路を直角に変え、更に加速。

 そして〈でかいの〉の動きに阻まれて速度を落した、上空の一羽の右目と頭蓋を貫いた。


「ピ?」


 二発分ロスト。

 だが燃料ゲット。


『こいつは炎の光線ビームなんかじゃない。長く伸ばした俺の指だ』


 細く長く千切れない、しなやかなワイヤーロープのような魔法の指。

 そして赤く輝く通りに、帯びるのは血肉を焼き食らう灼熱の炎。


「ギュピ」


 秒で脳味噌を焼き食らい、内側から焦がした頭を下へ引く。

 動かぬ骸となった大鷲の体が、崩落する大岩のように他の大鷲達の上へ迫る。

 

「ピギュッ!?」

「ピギッ!?」

「ピギ――!!」


 泡を食ったような羽ばたき音が方々に散り、〈でかいの〉もぶつかる直前で避ける事を選択した。


「ピィイイイイイ!!」


 猛禽もうきん慟哭どうこくが空に響く。


―― 人を致して人に致されず。


 敵の万全な状態を崩し、自分の〈殺し〉に引きずり込むのは戦いの基本だ。

 それを忘れた者に勝利は無いし、戦場に警察や裁判官などいやしない。


 倫理など無意味。


 生き残った者だけが生き残る、お飾り偽善の無いパラドックス。


 それだけが死地ここにある。


『次は』


 〈小さいの〉を囲い込むように、黒焦げの頭から放した指をしならせ、虚空を踊らせる。


 パニック状態の〈小さいの〉が暴れるように飛び回り、群れが完全にバラバラになった。


『お前だ!』


 疲弊して動きの鈍った瞬間を狙い、赫光かくこうの指先で〈小さいの〉の左目を貫いた。


 声を上げる事無く即死した〈小さいの〉の体が重力に捕まる。


「ピグュギィイ―――ッ!!」


 〈でかいの〉の憤怒の鳴声を上げ、俺の方へ向けて嘴を開いた。

 その口腔の奥から放たれようとする力の圧力に、肌が泡立つような感覚に襲われる。


「ピギュワッ!!」

『これでも食らってろ!!』


 人差し指を全力で引っ張り上げる!! 

 釣り上げた魚のような軌跡を描いた〈小さいの〉の体が俺達の盾になり、〈でかいの〉の口から放たれた暴風の衝撃波を受けて木端微塵になった。


『っ!』

「きゃああ!!」


 無茶苦茶な力の使い方をしたのと衝撃波の余波で地獄のような錐揉み回転!

 視界の定まらぬ気持ち悪さと、生身のカナンの状態がやばい!


「ピギ――!!」


 くそっ、一羽迫ってくる奴がいる。

 〈でかいの〉程ではないががっしりした体付きで、羽ばたきも力強い。


『こ、のっ』


 拡散で放つ炎じゃこいつらを殺せない。

 だが集中し圧縮した炎、赫光かくこうで攻撃する為の狙いが、回転する体のせいで定まらないっ。


「ピギュッ!!」

 

 嘴が開く。

 そしてやっぱり、こいつも衝撃波を放ってきやがった!


 くそがっ!

 鳥が魔法なんて使うんじゃねえよ。


『くっ』


 歯を食いしばるような焦燥の中、回転に逆らって僅かに体を捻る事ができ、ギリギリで衝撃波を躱す事ができた。


「ピギッ」


 大鷲の閉じた嘴がまた開こうとする。


『連射できんのかよっ!?』


 次は躱せそうにない。


 駄目元で炎を放つか?

 だがそれで防ぎ切れるのか?


 どうするっ?

 どうすればいい?!


「【風拍ふうはく】」


 弱々しい声が聞こえた。

 震えながら伸ばされたカナンの右手から、風の砲弾が放たれる。


 それは正確に大鷲の下の嘴を打ち、大鷲の頭を仰け反らせて態勢を崩させた。


『すまん助かった!』

「はぁはぁ、えへへ」


 動きの止まったまとなら、まだ狙える!


『喰らえ!』


 指先の赫光かくこうで大鷲の左目を穿ち、引き落とすついでに、俺達に残っていた回転のモーメントも肩代わりしてもらう。


「ピグュイィッ――――――ッ!!」

「ピギイ――!!」


 〈でかいの〉の憤怒の鳴声を上げ、残り一羽を引き連れて一直線に向かってくる。


 戻した俺の人差し指の先を向けても怖れず、避けようとする素振りさえ見せない。


『俺の攻撃は防ぐに値しないと思ったか、それとも命までは届かないと判断して〈復讐〉を優先させたのか』


 いずれにせよその冷静さの欠片も無い目を見るに、荒ぶる感情に呑まれてしまった事は確かだろう。


『ここはもうお前の狩場じゃない。俺達の狩場だ』


 俺に残った魔力を全て込め、最後となる赫光かくこうを射出。

 魔力を失って消えていく俺の目の前で、しかし〈でかいの〉にぶち込んだ赫光かくこうは、嘴の上を微かに焦がしただけで散っていく。


『カナン!』

「【灼璃しゃくり】!」


 カナンも最後の力を振り絞って魔法の火球を放つ。

 赤い輝きを放つ火球が当たる直前、〈でかいの〉が咆哮を上げた。


 魔法ですらないそれは、カナンの火球を散らして無数の火の粉へと変える。


『すまん、カナン』


 カナンの蒼い瞳が力なく笑った。

 そして俺の視界が闇へと変わっていく寸前、カナンに襲い掛かる〈でかいの〉の、暗い愉悦ゆえつに満ちた顔が見えた。


―― イタダキマス。


 俺の視界が変わる。

 そしてで脈動する血肉を一気に焼き貫き、〈赤〉を炎で食らい尽した。


「ギビイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」という断末魔が暗闇の中に響き渡る。


『どんな堅固な城でも、内側から攻められればもろいもんだ』


 最後の瞬間、俺は自分の体をカナンが放った【灼璃しゃくり】に切り替えた。

 そして〈でかいの〉の咆哮に散らされて無数の火の粉になった俺を、〈でかいの〉ともう一羽は肺の中に吸い込んでくれたのだ。


『しかもおあつらえ向きな場所まであれば』


 鳥の肺の構造は人間とは違う。

 取り込まれた新鮮な空気の殆どは後気嚢こうきのうという器官に送られ、息を吐く時に肺へと送り出される。


 空気と一緒に取り込まれた俺もまた、後気嚢こうきのうへと辿り着く事になった。

 新鮮な空気と魔力に満ちた、何の邪魔もない場所に。


『こりゃもう「殺して下さい」って言ってるようなもんだろ?』


 食って食って食らいまくって炎の出力を上げる。

 もう闇など一切無く、視界に映るのは夕焼けの赤に染まる空の景色だけだ。

 

 そして。


『カナン、待たせた』


 炎の翼を羽ばたかせ、炎の右足で落ちていくカナンを掴み取った。


「あはは、凄いよイフリート。まるで不死鳥みたいだよ」

見た目ガワだけだがな』


 〈でかいの〉の中はあらかた食い尽くして、鳥の体は殆どハリボテ状態だ。

 今辛うじて空に留まっていられるのは〈でかいの〉を食って得た炎の出力と、遮る物の無い空を吹く強風に支えられているからでしかない。


 因みにもう一羽の方は、草原の近くの荒地に落ちていった。


『草原に下りる。少し荒っぽくなるから備えてくれ』

「うん」


 翼から炎を噴射して位置を調整。

 もう目と鼻の先に、崖の上に広がる草原の姿が見える。


『行くぞ! 三、二、一!』

「っ!」

 

 鳥の姿を解除し、炎でカナンを包み込む。


『ゼロ!』


 激烈な衝撃と共に地面を抉り、跳ね上がって落ちて更に転がる。

 馬鹿みたいな勢いが付いて全く止まる気配が無い。


『これで、どうだ!!』


 転がる方へ炎を噴射!!

 爆発したように土砂が噴き上がり、押し潰さるような圧力が襲ってくる。


『このっ』


 炎を噴射する方向を横へ。

 車のドリフトのような軌跡を描きながら力を逃がす。


 が、目の前に崖。


『止まれ!!』


 渾身の炎を吐き出し、地面から炎が走る。

 擦過音が鳴り響き、落ちる前に何とか止まる事ができた。


『カナン、生きてるか』

「…………う、うぅ。と、止まったよね?」


『おうよ。まだ目が回ってる感じか?』

「うん。ぐるぐる~ってね。うぷ、何か吐きそう……」


 本当に根性のある女だ。

 こんな目に遭っても、俺に対して愚痴も罵倒も吐いてこない。


 感心したよ。


 こいつは〈ショボい〉なんて安い形容詞を付けるようなガキじゃない。

 そう、まさに〈一級品の芋娘〉くらいの格はある。


『待ってろ、摩ってやる』

「お、お願い」


 おっと、少し〈でかいの〉が残ってた。

 人型になる前に、この〈緑〉も燃やしてっと。


『あ、れ?』


 頭の中にノイズが走る。

 [ザザザ……]という、これは、何処かで、聞いた、覚えが……。


『あ、く、』


 何だ、これ……。


 意識が……。


 途切れ、る……。


 ……。


 ……。


◇ ◇ ◇ 

~ side:カナン ~


『ぐ、ううぅ』

「イフリート?」


 イフリートの炎の勢いが弱まっていく。

 砦のような大きさだった炎は、やがて歪な人型になり、遂には膝を突いて倒れてしまった。

 

「だ、大丈夫!?」

『し、心配、ねえ。ただの、食当たり、だ』


 今にも消えそうな、初めて聞くイフリートの弱り切った声が耳を打つ。

 血の気が引くような感覚に襲われ、吐き気も眩暈めまいも吹き飛んでしまった。


「っ、そうだ! ボクの魔力を送れば」


 実体を持たない使い魔や、魔法によって造られた存在である魔法兵の中には、主から魔力を与えられる事で、損壊の状態ダメージを回復させる事ができるものもいる。


『要ら、ねぇ。俺、が、動け、ねぇん、だ。温存、しと、け』

「大丈夫。ボクの魔力も結構戻ってきたし、今は何よりイフリートの方だよ!」


 イフリートが消える。

 それを思うだけで胸が苦しくなる。


「ボクだって、魔法使い……なんだ」

 

 魔法学院を放逐された落第生の、自称魔法使い。

 そんなボクの力が役に立つなんて思っていない。


―― だけどイフリートなら。


 まるで精霊のように人格を持ち、強大な魔獣さえ燃やし尽くして自分の力にしてしまう、規格外の存在。


 そもそも魔法学院の講師をしていた専門の魔法使いでさえ、その使い魔は魔法契約で縛った魔獣でしかなかった。

 授業で見せられた魔法兵は、土を素材に造られた操り人形でしかなく、言葉を発する事などできない代物だった。


 そんな物じゃスティンク・ゴブリンに勝てないし、〈緑樹の処刑場〉の獣達にも勝てない。


 ましてや〈魔獣の城山〉の主たる〈魔風の王鷲〉に勝つなんて不可能だ。


「お願い。いなくならないで」


 あの時、絶望したボクの声に応えてくれたただ一人の存在。


「お願い……」


 イフリートの胸に両手を置く。

 呼吸を整えて、ボクの魔力をイフリートへ。


「え?」


 何処かから飛んできた氷の槍がイフリートの頭を貫き、イフリートの炎の体が消えてしまった。


「何、これ?」

「カナンちゃん発見――♪」


 聞き覚えのある、女の人の軽い声。

 夜の影が落ちる草原の向こうから、四人の男女が近付いてくるのが見えた。


「〈緑樹の処刑場〉に落ちたのに生きてたんだね――。お姉さんびっくりしちゃた」

「カミラ……」


 一流の実力を持った、魔法使いの女性。


「あら? 「カミラさん」って呼んでくれないの? 駄目よ~、先輩は敬まわくちゃ」

「うわ、マジでカナンちゃんじゃん」


 カミラを押し退けて、一人の男が前に出てくる。

 

「お―お―、ボロボロでひっでえ見た目になってんな。ま、洗えば全然イケるか。カナンちゃんって素材が良いからな~」


 この私部隊パーティー隊長リーダーであり、好青年を演じていた腐れ外道。


「いや――、あとちょっとでれるって所で逃げられて、滅茶苦茶イライラしてたんだよね。だからよ、また会えてすっげぇ嬉しいんだわ」


 薄闇の中で、整った顔がスティンク・ゴブリンよりも醜い笑みを浮かべる。


「今度こそぶっ壊れるまで犯してやるよカナンちゃ―ん。あ、心配は要らねえぞ。こう見えて俺ってさ、なんだよね♪」


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