16.


 耳を塞ぎたくなる轟音が渦巻く中、無差別に舞うレーザーライトの光が時間の感覚を狂わせる。自制心を失ったように身体を揺らす大衆の風景は、群れという概念の持つ性質が、個々人の意志を上塗りする縮図を見せつけられているようで吐き気がした。


「この世の終わりみたいな顔してんじゃねぇよ」

 耳元でショウタの声が鳴る。当たり前のようにビールカクテルを口につけた彼は、「さて、どの子からいくか」腹のすかせた肉食獣のような目つきを周囲にばらまいている。改めて、ショウタは自分と別次元を生きている人種なのだなと痛感した。

「あの二人組なんかいいんじゃねぇか。恰好は気合入ってるけど、たぶんこういう場所に慣れてねぇな。押しに弱そうだし、ワンチャンあるかもしれねぇ」

「……趣旨違うでしょ」

 消え入るようにこぼした僕の発声は店内のビートにかき消され、たぶんショウタには届いていない。


「ちょっと行ってくるわ」

 言うなりショウタが、目をつけた女の子二人組の元に赴き、早速声をかけはじめる。置き去りにされた僕はというと、恐る恐るマスクを口からずらし、グレープフルーツジュースを舐めながら、壁際との同化を試みていた。


「へへっ、連絡先ゲットしたぜ」

 戻ってきたショウタの第一声がそれだった。予想通りすぎて、呆れる暇もない。

「だから、趣旨違うでしょ。姫咲の生徒かどうかは聞いたの?」

「ああ、ハズレだったわ。まぁ一発目から引けるわけもないしな」

 台詞とは裏腹、ショウタの声音はさして残念そうには聞こえない。「つぎつぎっ、こういうのは弾数勝負なんだよ」早々に次のターゲットを探しはじめる。

 品定めに時間をかけたのち、「よし、あの子たちにしよう」ショウタの目線の先には、目を引くピンクの髪に、露出の高い服を着ているいかにもな女の子二人組がいた。傍目からもわかるくらい、オーバーリアクションではしゃいでいる。


「次はダイスケが行けよ」

「……はっ?」

 到底受け入れられない一言だった。

「僕一人で? 冗談でしょ?」

「おいおい、俺だけにやらせる気かよ。言っとくけど、元を辿ればお前の問題に俺が付き合ってやってんだからな」

「それはそうだけど、何の説明もなしにクラブに連れて来たのはショウタじゃないか」

「先に言ったら、お前絶対、拒否っただろ」

「ご明察だよ。早く帰らせてくれ」

「女の子に声かけられるまで、帰れまてん」


 無為な押し問答を繰り返し、結局折れたのは僕だった。だまし打ちのような形で連れてこられたのはそれとして、ショウタなりに考えがあってのことだし、彼ばかりにやらせて自分だけ何もしないのはやはりフェアじゃないと思ったからだ。

 目を瞑り、長い深呼吸を繰り返す。胸に拳を当て心音の静まりを祈った。

「武士じゃねぇんだから」

 笑うショウタを無視し、開眼した僕は女の子たちの方へ向かう。


 いざ二人組の前に立つと、やはりというか足は震え、頭が真っ白になった。二人は談笑に夢中で、僕の存在に気づいてないようだ。

「あの」

 満を持して言うも、喉が萎まりうまく声が出せない。蚊の鳴くようなその声が彼女たちに届くはずもなかった。半ばやけ気味になった僕は今一度、「あの!」と張り上げて言う。

 目を見開きながら、二人が同時に僕を見る。

「わっ、っくりした」「えっ? ウチらに話しかけてる?」

 矢継ぎ早に言われ、僕が言葉を窮するのは必然だった。


「はい、あの、訊きたいことが」

「おにーさん見ない顔だね。ここ初っしょ?」「ってか、顔すごっ、ケンカでもしたん?」「ちょっ、そういうこと言っちゃダメだって」「こういうとこ来るタイプじゃないよね。図書館とかにいそう」「わかる、ダザイオサム? とか読んでそう」

 どうしよう。まず会話にならない。


「何? もしかしてナンパ?」「いや、違くて」「わかった。そういう罰ゲームっしょ、いじめられてんの?」「だから、話を聞いて」「大変だねー。安心して、ウチらヲタクに優しいギャルだから、エロい展開とかないけど」「ウケる」


 これはもう、僕が人付き合いが苦手だとか、そういう次元の話ではない気がした。


 思考が頭から離れ、宙に浮かんでいくような感覚。願わくば、今すぐ夜中の世界へと逃げ去りたい。決して分かり合えない人たちどうして、無理に心を通わせる必要があろうか。

 やらなくていい理由を必死に探した。けど、ハッとなる。


 それじゃあダメだろ。

 カオリのこと、本当のことを知るまで、決して逃げない。

 僕は自分に、そういう呪いをかけたんだ。

 そうでもしないと、途中で投げ出してしまいたくなるから。また、後で後悔を重ねるのは目に見えているから。

 言い訳がましい理屈をこねる前に、動き出さなきゃダメなんだ。そうでなきゃ、真実にはきっと辿り着かない。


 見てくれや体裁、そういったものを一切かなぐり捨てて、僕は叫んだ。

「君たちは! 姫咲学園の生徒ですか!?」

 僕を無視して喋りつづけていた二人組が、肩をビクッと震わせ、再び僕を見た。近くにいた別の人も、何事かとこっちに目を向ける。息を整えながら、僕は今一度唇を剥がして言った。

「……君たちは、姫咲学園の生徒ですか」

 ポカンとした様そうの二人組は、でも今回は、間髪で茶化すような真似はしなかった。顔を見合わせたあと、片方が再び僕を見て手招きをしたあと、口元に手を添えはじめた。僕が彼女に顔を近づけると、その子が僕の耳元で忍び声を。

「声でかすぎ。一応さ、大っぴらに高校生って言うわけにもいかんっしょ」

 あっ、と声を漏らした僕は、彼女から顔を離し、手を合わせて謝罪を示す。「ウケる」と二人は可笑しそうに、顔を見合わせた。

「ビンゴ。ウチら姫咲だよ」

 耳を疑った。

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