道端

 写真店を背に歩き出し大通りに出ると、人ごみに紛れてしまった。

 それも当然だろう、僕には目立つような特徴がないのだから。

 赤信号で足を止める。風が強く、落ち葉が舞っている。

 そろそろ秋も終わりだ。これから本格的な冬になることを想像すると、それだけで身震いしてしまう。寒いのは苦手だ。

 僕は左肩にかけた一眼レフカメラに、そっと手を添えた。バイトを掛け持ちしてやっと手に入れた高級品。趣味に使うには高価すぎるが、それでも欲しかったもの。

「ふー……、さむ」

 これから向かうのは大学の、写真部の集まりだ。

 中でも部長は特に廃墟の類が好きで、今回も新しく見つけた廃墟に「ぜひ行こう」と言い出し、集合することになった。

「もう少し人が増えたら部費とか、多めにもらえるかな」

 今は部長の神埼かんざき、モデルの仲原なかはら、そして僕の三人だけ。

 そんなことを考えながら青信号に足を踏み出した瞬間、背後から腕をつかまれた。

「危ないわ」

 その声と同時に、僕の肩すれすれをトラックが猛スピードで通り過ぎていく。

 突然のことで声が出なかった。

 通り過ぎたトラックを目で追うと、危なげな動きで左折し、視界から消えていく。

 歩道の信号機は青。音響式信号機が軽い音を流し、僕ら歩行者が横断していいことを示している。

 唾を飲み込むと喉の奥がひりついた。続いて緊張がほどけていくのを感じる。

「大丈夫?」

 僕を引っ張ってくれたその人が、優しく声をかけてくれる。

 振り返ると頭ひとつ、いやふたつ分ほど低い位置に少女が立っていた。

 おとなしく見える子で、透明なガラスのような瞳がとても美しい。

 白いケープに、雪に溶け込んでしまいそうな白い肌。どこか儚げな気配を纏っている少女には、言葉にできない静けさが漂っている。

「あ、ありがとう」

 声が震える。

 少女は僕の腕を、ゆっくりと手放した。

「気をつけてね、お兄さん」

「う、うん。でもあれはトラックの方が悪い――」

 運転手のわき見運転が原因だと言おうとしたが、口が動かなくなってしまった。

 少女の瞳が僕を映している。

 いや、本当に映しているのだろうか。

 彼女の眼には確かに僕が映っているはずなのに、どこかを見ている様子がない。

 少女は静かに首を振った。

「違うわ。トラックのせいじゃない」

「違う?」

「あなたが死に呼ばれたの。ねぇお兄さん……死にたいの?」

「え? どういう――っ!」

 問い返そうとした瞬間、突風にあおられ、ジャケットが大きくはためく。

 木々がざわめき、風がうなる。

 その騒がしさがひと段落すると、少女の姿はどこにもなかった。

 音響式信号機が鳴りやみ、信号機が赤へと変わろうと点滅している。

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