第51話 天上断罪
「セラフィナ、さん……?」
しずくの声が震えた。
リサも、カレンも、呆然とその背中を見つめている。
「セラフィナ……!」
絶望の淵に差した光。
人類最強の魔法少女、セラフィナ・クレストが、そこに立っていた。
彼女はふわりと微笑み、まるで茶会に遅れたことを詫びるかのように優雅に言った。
「間に合いましたわね」
「ど、どうしてここへ……?」
しずくの問いに、セラフィナは静かに目を細める。
「イザベラさんの死……あの一件以来、わたくしもずっと胸に引っかかるものを感じておりましたの。内部に、何か腐敗した動きがあるのではないかと」
彼女は視線を横へ流す。
「そんな折、ミラさんの隊のシズさんが決死の覚悟で現れ、救援を求められましたの。それで、全ての合点がいきましたわ」
セラフィナが傍らのエリスに同意を求める。
「そうですよね? エリス」
「ええ。……すべては、シズの功績です」
エリスが短く、しかし力強く肯定した。
その名前が出た瞬間、
エリスの影から飛び出すようにして、一人のメイドが駆け出した。
「ミラ様ッ!!」
いつも影のように無表情なシズが、
今は顔を歪め、なりふり構わず瓦礫の中へ滑り込む。
「ミラ様! ご無事ですか!? ミラ様!」
倒れ伏すミラの体を抱き起こすその手は、小刻みに震えていた。
いつもの冷静沈着なシズの姿はそこにはない。
ただの、主を案じる一人の少女だった。
薄く目を開けたミラが、苦しげに、けれど優しく口端を緩める。
「……シズ。……うるさいわよ」
「ミラ様……!」
「このくらい……大丈夫よ。……シズのおかげで、助かったわ」
ミラのその一言に、シズの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
その美しい主従の光景を背に、セラフィナがエリスへ命じる。
「エリス。皆さんをお願いします」
「はい」
エリスが片膝をつき、祈るように両手を組む。
「
静謐な詠唱と共に、天井から光の粒子が降り注ぐ。
それは雨のように優しく、傷ついたナンバーズたちの体を包み込んでいく。
骨が繋がり、血が止まり、命の灯火が再び強く燃え上がる。
「……ここからは、わたくしがやりましょう」
セラフィナがゆっくりと前へ出る。
その一歩一歩が、戦場の空気を清めていくようだ。
対峙するゼノン・レイブンの顔が引きつった。
「な、なぜお前がここにいる……! 貴様は中央での会議中のはず……!」
予想外の事態に、総統の声に焦りの色が滲む。
だが、すぐに狂気じみた笑みを浮かべ、叫んだ。
「だが……もう遅い!
このエンドゼロの力は本物だ! いくら貴様でも、神のごとき力を持つこの怪物に 勝てる道理はない!」
ゼノンが腕を振り上げる。
「やれ! エンドゼロ!! その女を塵に還せ!!」
「アアアアアアッ!!」
エンドゼロが咆哮する。
空間そのものを歪めるほどの魔素の奔流。
質量だけでビル一棟を粉砕するような、
絶望的な一撃をセラフィナへと振り下ろした。
空が割れるような轟音。
死そのものが、頭上から迫る。
だが――セラフィナは歩みを止めない。
避ける素振りすら見せない。
ただ、怜悧な瞳でそれを見上げ、吐き捨てた。
「――汚らわしい」
彼女が冷ややかに呟き、視線を上げた瞬間。
カッ!!
セラフィナの目が開き、まばゆい閃光が走った。
振り下ろされた巨大な腕が、空中で静止した。
いや、止まったのではない。
消失したのだ。
セラフィナの頭上に展開された、幾重もの幾何学的な魔法陣。
そこから放たれた極光が、接触した物質を原子レベルで分解・消滅させていた。
再生する隙すら与えない、完全なる消滅。
「な……ッ!?」
ゼノンの喉が引きつり、言葉が出ない。
「怯むな! 再生しろ! 物量で押し潰せ!!」
ゼノンの悲鳴じみた命令に、エンドゼロが反応する。
消滅した腕の断面から、爆発的に黒い泥が噴き出した。
それは瞬時に無数の巨大な槍となり、雨のようにセラフィナへと降り注ぐ。
全方位からの、回避不能の飽和攻撃。
「……芸がありませんこと」
セラフィナは、まるで舞踏会でダンスを踊るように、くるりと優雅にターンした。
そのドレスの裾が翻ると同時に、彼女の周囲に光の渦が巻き起こる。
迫りくる黒い槍は、セラフィナの体に触れることすらできない。
セラフィナに近づいた瞬間、光の渦に触れて蒸発していく。
彼女は涼しい顔で、黒い雨の中を歩き続ける。
「ば、馬鹿な……!」
「ただの魔素放出だけで、エンドゼロの全力攻撃を相殺しているというのか……!?」
ゼノンが後ずさる。
自分の作り出した最強の怪物が、
ただの子供扱いされている現実に、思考が追いつかない。
「グゥ、オォォォォッ!」
焦れたエンドゼロが、さらに形態を変化させる。
全身の口という口から、ドス黒い魔力砲をチャージし始めた。
セラフィナは純白の右手を、
まるでオーケストラの指揮者のように優雅に振るう。
「地に伏せなさい」
ヒュン、ヒュン、ヒュン――
彼女の意思に応えるように、天空より降り注ぐのは、無数の光の羽。
だがそれは儚い羽ではない。
鋼鉄をも貫く、断罪の楔。
それらは正確無比にエンドゼロの残された四肢を貫き、床へと縫い止めた。
「ギャガアアアアッ!!」
怪物の絶叫が響くが、身動き一つ取れない。
重力そのものを支配下に置いたかのような、
圧倒的なプレッシャーが空間を圧殺する。
しずくたちは息を呑み、ただその光景を見上げることしかできない。
これは戦闘ではない。
一方的な浄化だ。
セラフィナは縫い止められ、身動きの取れないエンドゼロの眼前にまで歩み寄る。
汚泥にまみれた怪物と、一点の曇りもない聖女。
彼女は慈愛に満ちた、けれど凍りつくほど冷たい瞳で怪物を見下ろした。
「哀れな魂の集合体……。
無理やり繋ぎ合わされ、苦痛に喘ぐその姿。
わたくし、胸が痛みます」
彼女がそっと手を掲げる。
その手元に、膨大な魔素が渦を巻いて収束していく。
それは剣でも槍でもなく、
天まで届くほどの、巨大な光の十字架となって顕現した。
その輝きはあまりに神々しく、直視することすらためらわれる。
「ですから、解放して差し上げます。」
セラフィナが、十字架を静かに振り下ろす。
「聖術式・
放たれた光の奔流。
音はなかった。
衝撃もなかった。
ただ、世界が白一色に塗り替えられた。
エンドゼロの巨体が、触手が、
光の粒子となって溶けていく。
断末魔すら上げることは許されない。
ただ静かに、そして完全に、この世から消し去られていく。
やがて、光が収束し――
再び、地下施設に静寂が戻った。
怪物の残骸も、飛び散った汚泥も、全てが浄化され、
塵ひとつない綺麗な床だけが広がっている。
そして、凍りついているゼノンの方を向き、にっこりと微笑んだ。
「……次は、あなたの番ですわね?」
迫りくる純白の聖女は、ゼノンにとって死神そのものだった。
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