第4話「花村さん!あれに似てます! あの、ゲームのキャラの…**ベヨネッタ!**」



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## 桜吹雪の彼女 第四話


金曜日の昼休み。

オフィスは、週末を前にした弛緩した空気と、ある一点への異常な緊張感に包まれていた。視線の先にあるのは、経理部の花村佐知子と、そのデスクの前に立つ田中だ。今まさに、今夜のデートの最終確認が行われようとしていた。


「じゃ、じゃあ、7時に駅前のイタリアンで…」

「はい」


コクリと頷く花村。そのたった一言で、田中の背後から「おお…!」という感嘆の声が漏れる。もはや二人の会話は、オフィス一同が見守る公開イベントと化していた。


田中は、少しでも場の空気を和ませようと、世間話を振ることにした。

「それにしても花村さん、そのメガネ、すごく似合ってますね。昨日の今日ですけど…」


花村は、先日現実逃避のアイテムとして使った銀縁のメガネを、今日はずっとかけたままだった。どうやら、少しでも冷静さを保つためのお守りのようなものらしい。


「ありがとうございます」

「いや、ほんと。なんかこう、キリッとしてて…あ!」


田中は、何かを思い出したようにポンと手を打った。そして、何の気なしに、思ったままを口にしてしまう。


「あれに似てます! あの、ゲームのキャラの…**ベヨネッタ!**」


その瞬間、オフィスの空気が、絶対零度まで凍りついた。


営業部の全員が、血の気の引いた顔で田中を見ている。鈴木先輩に至っては、「田中! お前!!」と声にならない叫びを上げ、絶望のあまりデスクに突っ伏した。


無理もない。

『ベヨネッタ』。それは、魔女がハイヒールの銃で天使をブチのめす、スタイリッシュで過激なアクションゲーム。そしてその主人公は、完璧なプロポーションを黒いレザースーツに包み、妖艶かつ挑発的な言動で敵を翻弄する、あまりにもセクシーすぎるキャラクターだ。

真面目で品のある花村佐知子にかける言葉としては、最もかけ離れた、下手すればセクハラと取られかねない一言だった。


(((((終わった……)))))


オフィスにいる全員の心が、一つになった。

今度こそ、桜吹雪では済まない。雹でも降るのではないか。


田中も自分の失言に気づき、顔面蒼白になる。

「あ、あの、今のはその、メガネが知的でカッコイイなって意味で…!」


しかし、花村は怒りも、動揺も見せなかった。

彼女はただ静かに目を伏せ、何かを考えるように少しだけ間を置いた。

そして、ゆっくりと顔を上げると、凍りついたオフィスを見渡し――


**くいっ。**


人差し指で、再びメガネを押し上げた。

その唇の端が、妖艶に、ほんの少しだけ吊り上がる。


次の瞬間、彼女はしなやかな動きで右手を持ち上げると、人差し指と親指でピストルの形を作った。そしてその銃口を、まっすぐに田中の心臓へと向けた。


**ビシッ!**


完璧な角度で決められたピストルポーズ。

ウインクと共に、彼女の唇から、吐息混じりの声がこぼれた。


「……Bang」


それは、ゲームの主人公が敵にとどめを刺す時の、あまりにも有名すぎる決めゼリフ。


あまりの色気と完璧な再現度に、オフィスは再び沈黙した。

しかし、先ほどの絶望的な沈黙とは違う。誰もが、目の前の光景に魂を抜かれていた。


「……は、はいぃぃっ!」

銃口を向けられた田中は、背筋を伸ばし、新兵のような返事をするのが精一杯だった。


すると、花村は満足そうにフッと微笑むと、何事もなかったかのようにスッと椅子に座り直し、再び完璧な事務員へと戻っていった。

彼女の周りには、桜の花びら一枚舞っていない。そこにはただ、悦に入った魔女の残り香だけが漂っていた。


「……おい、見たか今の」

「ああ…俺、今日から花村さんのこと『姉さん』って呼ぶわ」

「田中、お前…生きて帰ってこいよ…」


同僚たちの畏敬の念のこもった囁きを聞きながら、田中は確信していた。

今夜のデートは、きっと普通のイタリアンでは終わらない。


そして、自分の心臓が、彼女の一撃で完全に撃ち抜かれてしまったことを。

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