第3話『花村佐知子さんからブロックされました✨』



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## 桜吹雪の彼女 第三話


翌朝、田中はゾンビのような足取りで出社した。目の下には深いクマが刻まれ、その全身からは「儚く散った男」のオーラが漂っている。


出社するやいなや、鈴木先輩や同僚たちがハイエナのように群がってきた。

「なあ、田中よ。昨日の『咲いて乱れる』の件、その後どうなったんだ? 花満開か? ん?」

ニヤニヤと意地悪く笑う先輩に、田中は力なく首を振った。


「それがさ……見事にブロックされちゃって」

「だよな!やっぱ振られたんじゃ…」

「しかも、『花村佐知子さんからブロックされました✨』って、ご丁寧にメッセージまで来たんすよ」


田中の言葉に、その場がシンと静まり返った。

鈴木が眉をひそめる。


「ん? 変じゃねーか? アプリの仕様で、わざわざ『ブロックされました』なんてメッセージは送られてこねーだろ。普通はこっちから見えなくなるだけで…」

「ですよね? 俺もそう思ったんですけど…」


田中が力なくスマホの画面を見せる。そこには、昨夜彼を絶望の淵に突き落としたメッセージが確かに表示されていた。


『花村佐知子さんからブロックされました✨』


鈴木が画面を覗き込み、次の瞬間、腹を抱えて崩れ落ちた。


「ぶっはっはっはっは!! おい、田中! 見せてみろ!」

同僚たちも次々に画面を覗き込み、オフィスは瞬く間に爆笑の渦に包まれた。


「なんだよ、みんなして……」

訳が分からず戸惑う田中に、涙を拭いながら鈴木がスマホを突き返す。


「ハハハ……やっぱりな! よく見ろよ、田中。これ!」


指さされた画面を、田中は目を凝らして見つめた。

それは、システムからの自動通知などではなかった。


**メッセージの送信主は、花村佐知子本人。**


彼女は、自らの手で**「花村佐知子さんからブロックされました✨」**という文章を打ち込み、田中に送信していたのだ。

しかも、よく見ると文末のキラキラマークは、絵文字ではなく、手打ちの「✨(キラキラ)」だ。


「みろこれ、田中! キラキラマークの隣!」

鈴木がさらに指さす先。そこには、小さく、しかし確かに、ハートマークが添えられていた。


**『花村佐知子さんからブロックされました✨♡』**


「…………え?」


田中は、再び完全にフリーズした。

頭が理解を拒否する。これは一体、どういう状況だ?

自分で「ブロックしました」とメッセージを送り、おまけにハートまで付けてくる?


鈴木が、笑いすぎて痙攣する腹を押さえながら解説した。

「たぶん、アレだ。花村さん、メッセージアプリの使い方がよく分かってねえんだよ。お前から誘われて、嬉しくてパニクって、『OKです』って返信しようとしたんだろうな。で、操作をミスってブロックボタン押しちまって、さらにパニクって……」


「『ブロックしてしまったことを伝えなきゃ!』って、自分でわざわざメッセージ打ったんだ、これ! しかも嬉しさのあまり、ハートまで付けて! 健気かよ! ポンコツすぎるだろ!」


同僚の的確なツッコミに、オフィスは再び笑いの海に沈んだ。


田中は、スマホの画面を見つめたまま、ゆっくりと顔を上げた。

視線の先には、経理部の片隅で、完璧な姿勢でキーボードを叩く花村佐知子の姿があった。

しかし、今の田中の目には、彼女がただの不器用で、一生懸命で、どうしようもなく可愛い人にしか見えなかった。


すると、こちらの視線に気づいたのか、花村がふと顔を上げた。

目が合う。

彼女は一瞬ビクッとした後、次の瞬間、顔をリンゴのように真っ赤に染め上げた。


そして、


ふぁ……


彼女の頭上から、一枚、また一枚と、桜の花びらが舞い始めた。

それは、昨日の「咲いて乱れる」という言葉への、最高に不器用で、最高に正直なアンサーだった。


「…ぷっ」


田中の口から、思わず笑いがこぼれた。

絶望の底から一転、愛しさが胸いっぱいに広がる。


彼はスマホを握りしめると、まっすぐに彼女の元へ歩き出した。

オフィスに舞い始めた小さな桜吹雪が、まるで彼の背中を押すように、優しく追いかけていった。




田中は、スマホの画面を見つめたまま、ゆっくりと顔を上げた。

視線の先には、経理部の片隅で、完璧な姿勢でキーボードを叩く花村佐-知子の姿があった。

しかし、今の田中の目には、彼女がただの不器用で、一生懸命で、どうしようもなく可愛い人にしか見えなかった。


すると、こちらの視線に気づいたのか、花村がふと顔を上げた。

目が合う。

彼女は一瞬ビクッとした後、次の瞬間、顔をリンゴのように真っ赤に染め上げた。


そして、


ふぁ……


彼女の頭上から、一枚、また一枚と、桜の花びらが舞い始めた。

それは、昨日の「咲いて乱れる」という言葉への、最高に不器用で、最高に正直なアンサーだった。


「…ぷっ」


田中の口から、思わず笑いがこぼれた。

絶望の底から一転、愛しさが胸いっぱいに広がる。


彼はスマホを握りしめると、まっすぐに彼女の元へ歩き出した。

オフィスに舞い始めた小さな桜吹雪が、まるで彼の背中を押すように、優しく追いかけていく。


「あの、花村さん!」


田中の声に、花村はビクッと肩を揺らし、恐る恐る顔を上げた。潤んだ瞳が、助けを求めるように揺れている。


「金曜日、楽しみにしてます」


田中が満面の笑みでそう告げると、花村は一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。そして、自分のポンコツなミスが全てバレていることを悟ったのだろう。


カァァァッ!


彼女の顔が、今までにないほど真っ赤に染まった。

同時に、オフィスに舞う桜の花びらが、一気にその密度を増す。それはもはや吹雪ではなく、春の嵐そのものだった。


「ああああっ!また始まった!田中ァァァ!」

「窓閉めろ!書類が飛ぶ!」


阿鼻叫喚のオフィスを背景に、花村佐知子は、すっくと立ち上がった。

そして、普段はかけていない、デスクワーク用の銀縁メガネをスッと取り出すと、慣れた手つきで装着した。


**クイッ。**


人差し指でメガネの中央を押し上げ、完璧なポーカーフェイスを作る。


「……失礼します」


嵐の中心にいるとは思えないほど冷静な声。

彼女は、舞い狂う桜吹雪などまるで存在しないかのように、完璧な姿勢と足取りで、颯爽と給湯室へと姿を消していった。

まるで、「私は何も知りません」とでも言うように。


取り残された田中は、桜の花びらまみれになりながら、その完璧すぎる現実逃避の後ろ姿に、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。


「……逃げ足だけは、完璧なんだな」


誰かが呟いたその言葉に、オフィスは再び爆笑の渦に包まれた。

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