第1話
東京の風景は一変した。渋谷を中心とした首都圏の一部は、異世界の軍勢によって占領され、「
人々は、終わりの見えない戦争という新たな日常を受け入れ始めていた。少なくとも、表面上は。
「……また、負けか」
蒼き黎(あおき・れい)は、薄暗い自室で一人ごちた。
17歳。都内の高校に通う、ごく普通の少年――であった、3ヶ月前までは。今は、学校は無期限の休校となり、彼の日常はディスプレイの中にあった。
画面に映し出されているのは、『
黎は、この世界では名の知れた
だが、今の彼の顔に、いつもの自信と輝きはなかった。
『
ヘッドセットから、チームメイトの呆れたような声が飛んでくる。
「……うるさい。ちょっと集中力が切れただけだ」
『集中力ねえ。
「……」
図星だった。黎はゲームの傍ら、タブレットで戦況ニュースを流し見していたのだ。今日は、旧都の奪還作戦が決行されたが、結果は芳しくなく、多大な犠牲者を出して撤退したと報じられていた。
画面の向こうの戦争と、目の前のゲーム。
どちらも「戦略」が鍵を握る。だが、その二つには、決して埋められない、あまりにも大きな隔たりがあった。
『まあ、無理もないか。こんな世界になっちまったんだからな』
Jesterが、ふっと声のトーンを落とす。
『俺のダチもさ、こないだの召集で……』
「……やめろ」
黎は、低い声で遮った。
「ゲーム中に、そういう話はしたくない」
『……わりぃ』
重い沈黙が流れる。黎は「回線を切る」とだけ告げて、一方的に通信を切断した。
ヘッドセットを外し、大きく息を吐く。部屋の空気が、鉛のように重く感じられた。
◆
黎は、幼い頃から物事を俯瞰で捉える癖があった。
人の動き、物の配置、時間の流れ。それらを、まるでチェス盤の上の駒のように認識し、数手先を読んで行動する。その特異な才能が、RTSというゲームで華開いた。
だが、現実の戦争はゲームではない。
そこには、リセットボタンも、やり直しも存在しない。一つの判断ミスが、取り返しのつかない「死」に直結する。
(俺に、何ができる……?)
自問自答は、もう何度繰り返したか分からない。
自分はただの高校生だ。兵士でもなければ、政治家でもない。卓越した戦略眼も、ディスプレイの中でしか役立たない、空虚な才能だ。
無力感。それが、ここ3ヶ月、ずっと彼の心を蝕んでいた。
その時だった。
『
「――え?」
凛とした、それでいてどこか無機質な女性の声が、直接、頭の中に響いた。
部屋には誰もいない。幻聴か?
黎が混乱していると、目の前のゲーム画面が、突然砂嵐に変わった。そして、その中心に、幾何学的な紋様が浮かび上がる。
『初めまして、
声は、PCのスピーカーから発せられていた。だが、先ほど頭に響いた声と、全く同じ声質だった。
「……AI? 何の冗談だ。新型のウイルスか何かか?」
黎は警戒を露わにする。大侵攻以来、サイバーテロも頻発している。
『冗談ではありません。私は、あなたを探していました。いえ……あなたのような「資質」を持つ人間を』
画面の紋様が、複雑に形を変えていく。それは、まるで見たこともない戦場の
『あなたは、物事を俯瞰し、盤面全体を把握し、最適解を導き出す能力に長けている。それは、これからの世界を生き抜くために、最も重要な資質の一つです』
「何が言いたい?」
『単刀直入に申し上げます。あなたのその力を、貸してほしいのです。この、絶望的な戦況を覆すために』
ノアと名乗るAIは、淡々と、しかし有無を言わさぬ力強さで告げた。
画面には、一枚の画像が表示される。それは、旧都の地下深くに存在する、巨大な空洞の設計図だった。
『これは、政府が極秘裏に進めている「
次々と表示される、信じがたい情報の数々。
『あなたは、その候補者として、最高ランクの適性を示しました。あなたのRTSにおける戦闘データ、判断速度、戦略の独創性……全てを分析した結果です』
「俺が……司令官?」
あまりに非現実的な話に、黎は言葉を失った。ゲームが上手いだけの高校生が、本物の戦争の司令官? 馬鹿げている。
『これは、ゲームではありません。ですが、あなたの能力は、この現実の戦場において、他の誰にもない
ノアの声には、感情が込められていない。だが、その言葉の一つ一つが、黎の心の奥底に突き刺さった。
無力感に苛まれていた自分。何もできないと、ただ諦めていた自分。
だが、もし。
もし、この空虚な才能が、本当に誰かを救う力になるのなら。
『選択してください、蒼き黎。このまま傍観者であり続けるか、それとも、
画面に、二つの選択肢が浮かび上がる。
【YES / NO】
黎は、震える手でマウスを握った。
窓の外では、夕暮れの空を、自衛隊のヘリが編隊を組んで飛んでいくのが見えた。サイレンの音が、遠くで微かに響いている。
もう、平和な日常はどこにもない。
ならば、自分で掴みに行くしかない。
彼は、ゆっくりと息を吸い込み――そして、決意と共に、カーソルを動かした。
カチリ、という乾いたクリック音が、少年の運命が、そして世界の運命が、大きく動き出したことを告げる合図となった。
GATE UNIOR/XO+ @valensyh
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