GATE UNIOR/XO+

@valensyh

第0話 ファースト・デストラクション・デイ


 西暦2036年、夏。人類の黄昏は、何の前触れもなく、空から降ってきた。

 それは、東京の中心、かつてはビジネスとファッションの最先端であった渋谷のスクランブル交差点上空に、まるで神の悪戯のように静かに現れた。

 漆黒の亀裂。空間そのものが裂けたかのようなその現象は、物理法則を嘲笑うかのように、そこに「在った」。やがて、亀裂は不安定に脈動しながら広がり、巨大な楕円形のゲートを形成した。表面は水鏡のように揺らめき、その向こう側には、この世界のどの景色とも似つかない、異質な空が広がっていた。


『なんだ、あれは?』


 地上では、誰もが歩みを止め、空を見上げていた。スマートフォンをかざす者、呆然と立ち尽くす者、不安げに囁き合う者。日常という名の薄氷が、音を立てて砕け散る予兆だった。


 異変は、東京だけではなかった。

 ほぼ同時刻。ワシントンD.C.のホワイトハウス上空、パリのエッフェル塔の傍ら、ロンドンのテムズ川の上、モスクワの赤の広場、北京の紫禁城、そしてジャカルタ、マニラ……世界の主要都市に、同じ黒のゲートが出現したのだ。

 世界中が、未曾有の事態に息を飲んだ。


 そして、東京のゲートから、”それら”は現れた。

 最初に姿を見せたのは、白銀の鎧を纏い、背に純白の翼を持つ天使エンジェルの一団だった。彼らは神々しく、荘厳でさえあった。だが、その手には燃え盛る炎の剣が握られており、その瞳には慈悲の色はなかった。

 続いて、天を衝くほどの巨体を誇る悪魔デーモン。その身は黒曜石の如く硬質で、灼熱の息を吐き出す。

 さらには、おぞましい姿の怪物モンスターの群れ。知性の欠片も見られない瞳で、ただ破壊と捕食の衝動に突き動かされている。

 それだけではない。尖った耳を持つ亜人デミヒューマン、古の魔法を操る異世界人人間。彼らは、異なる文明レベルシビライゼーション・レベルを持つ軍勢だった。ある者は中世の騎士のような出で立ちで、ある者は原始的な毛皮を纏い、またある者は未知のエネルギーで駆動する兵器を手にしていた。


「攻撃……開始ッ!」


 誰かの絶叫が号砲となった。

 天使が炎の剣を振り下ろすと、アスファルトが溶け、高層ビルがチーズのように切り裂かれる。悪魔の咆哮は衝撃波となり、ガラスというガラスを粉々に砕いた。怪物の群れは、逃げ惑う人々へと津波のように殺到した。


 阿鼻叫喚。渋谷は一瞬にして、地獄の釜の底へと叩き落とされた。


 日本の自衛隊じえいたいが、そして世界各国の軍隊が即座に対応を開始した。

 最新鋭の戦闘機が空を舞い、戦車の砲塔が火を噴く。だが、彼らの兵器は、まるで分厚い壁に阻まれるかのように、異世界の軍勢に決定的なダメージを与えられない。

 天使の身体には魔法障壁マジックバリアが張られ、銃弾は虚しく弾かれる。悪魔の皮膚は、戦車砲の直撃にさえ耐えた。

 科学と物理法則に則った人類の兵器は、魔法マジック神秘ミステリーの前では、あまりにも無力だった。


 この日、人類は知った。

 自分たちが、食物連鎖の頂点ではなかったことを。

 この世界が、自分たちだけのものではなかったことを。


 後に「大侵攻グレート・インベイジョン」と呼ばれることになる、異世界からの同時多発侵略。

 それは、人類の歴史における、最も長く、最も絶望的な戦争の始まりを告げる狼煙だった。


 これは、そんな崩壊した世界で、一人の少年が抗い、選択し、そして未来を掴もうとする物語。

 彼の名は、蒼き黎(あおき・れい)。

 まだ誰も知らない。彼という存在が、この混沌とした世界における、人類最後の切り札トランプカードになるということを。



 これは、多くの犠牲と、多くの出会いと、そして多くの戦略が織りなす、新たな創世の記録である。

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