last twinkling|ひかりがひかる★★★★★★★



 無意識に閉じていた瞳を覆う膜を開く。

(ここは……どこ?)


(水の……なか?)

 おもうように声が出ない。苦しくはない。

(水のなかじゃない……)


 彷徨っていた焦点がかちりと合う。あたりには無数の小さな光が散らばっている。

 眩暈がするほどのたくさんの光だ。

(すごい……)


 声にならない感嘆を漏らす。

(みんなは??)


 探そうとして身体に違和感を感じる。身体の感覚がまったくないことに気がつく。

(何これ??)


 掌を見ようとするが、うまく見れない。手足の感覚も消失している。

 しかし、不思議と恐怖はない。

(ここはどこなんだろう……)


 あるのは、波間に揺蕩う浮遊感だけだ。

いや、波間に揺蕩ってるのではない、まるで波にでもなったかのように自分自身が揺蕩っている。自分であって、自分でない感覚。でも、懐かしい感覚。それでいて、過不足なく満たされている感覚。




_どこでもないよ


 誰かの声が聞こえる。

 声というよりも身体の中で響く倍音のようだ。


(どこでもないって?)

 音の主に尋ねる。


_そのままの意味だよ

(そのままの意味?)


_うん、そうだよ

(よくわからない)


_宇宙みたいなところ

(宇宙みたいなところ?)


_うん、そう。

(じゃあ、たくさん見える小さな光は星?)


_ちがうよ

(じゃあ、なに?)


_宇宙のはじまりだよ

(宇宙のはじまり?)


_うん、はじまり

(宇宙ってはじまるものなの?)


_そう、あかちゃんみたいにね

(赤ちゃんみたいに)


_ひかりもそうだったよ

(わたしも?)


_うん

(わたしのこと知ってるの?)


_知ってるよ

(赤ちゃんのわたしを?)


_赤ちゃんのひかりを


 音を返すことができなかった。

 音にすることさえもできなかった。

 ふたつの瞳の下縁に電解質を含んだ水滴がぽぽぽぽと湧く。とめどなく湧く水滴は頬をなでる川となり、垂直落下する。


_ひかり、泣かないで


 音にならない。


_ひかり、大丈夫だから


 音にならない想い。


_ずっと、守っていたよ


 音にならない想いが溢れる。


(お兄ちゃん!!)


_うん、そうだよ

(お兄ちゃん!!)


_うん、覚えててくれたんだね

(忘れたことなんて一度もないよ!)


_うん、ありがとう、ひかり

(本当にお兄ちゃん??)


_うん、本当にお兄ちゃんだよ

(ひかりのお兄ちゃん??)


_そうだよ

(名前は??)


_おれの名前?

(うん)


_忘れちゃった?

(忘れるわけないよ)


_よかった

(お兄ちゃんなの?)


_ひかるだよ

(本当に??)


_本当に

(嘘じゃない??)


_ひかりに嘘ついたことない

(うん……)


_ね

(………)


 音にならない。

 ひかりの全身を引き波のような不可抗力が抜ける。体験したことのない感情は押し波のように現れる。


 お兄ちゃんが目の前にいる。

 死んだはずのお兄ちゃんが。


 懐かしい声、音の響き。

 やわらかいけど、語尾がすこしだけ掠れる声。ほっとする温度感。そのどれもがひかりの記憶にある兄の声とぴたりと一致する。


(どこにいるの?)

_ここにいるよ


(でも、見えないよ)

_目には見えないよ


(目には見えないの?)

_大切なものほど目には見えないよ


(じゃあ、どうやって見ればいいの?)

_感じられる


(感じられる?)

_もう感じてる


(うん、感じてる、お兄ちゃんの声)

_そう、ひかり、上手


(お兄ちゃんの声)

_うん


(ほっとする)

_うん


(ずっと守ってくれてたの?)

_うん


(でも……)

_なに?


(お兄ちゃんは死んだって)

_うん


(それは本当?)

_本当だよ、残念だけど


(じゃあ、いま感じてるお兄ちゃんは?)

_伝えるね


(伝える?)

_ほら、


 兄の音の通りだった。

 ひかりの中に、兄が亡くなる瞬間から、いま、目の前にいるまでのすべてのことが、ひかりの中へと伝わってきた。兄は、お兄ちゃんは、小さな命が尽きる前に、きらきら星にお願いしたのだ。わたしを見守る光となることを、その命と引き換えに。本来なら叶えられることのない願いのひとつだった。叶えられたのは、幾歳月、星守人として捧げた祈りが、その祈りに込められた想いの一滴一滴が、つらら石となって、長い月の日、天津甕星アマツミカボシに届いた。周回軌道を描く彗星たちが織りなす天体現象のように。兄の想いは届き、時空を超えたのだ。そして、兄は、入り口となる古の神社へと導くために猫となって現れた。

 そんなことがあるのだろうか。

 あるとしても、何億、何兆、何京分の一の確率だろう。

 いや、わたしが、いま、ここで、体験していることが何よりの証左だ。どんな確率でも、幸運の数字がガシャンと揃うことがあるのだから。何億光年離れていても、次元が違ったとしても、伝わる想いがある。この宇宙には。



_わかった?

(うん、わかったよ)


_よかった

(きらきら星のおねがいは、本当だったんだね)


_そういうこと

(お兄ちゃん……)


_なに?

(お兄ちゃん!)


_うん、

(わたしのお兄ちゃん!大好きなお兄ちゃん!)


_ひかりは大事な大事な妹だからね

(ずっと見ていてくれたの?)


_そうだよ、ずっとね

(お兄ちゃん、ありがとう、ずっと、ずっと、見守っていてくれて)


_ひかりのたったひとりのお兄ちゃんなんだから、あたりまえだよ

(そんな……そんなお兄ちゃん、どこ探したっていないよ!)


_ひかりだってそうだよ、どこ探してもひかりだけ

(うん、だからね、)


_うん、

(寂しかったよ、わたし、お兄ちゃんがいなくて)


_ごめんね

(ううん、違うの、責めてるんじゃないの)


_うん、

(だぶんね、ずっと、お兄ちゃんに伝えたかったんだとおもうの)


_うん、

(だって、お兄ちゃんの声、聞こえなかったから)


_うん、ごめんね、

(いいの、だって……こうして会えたんだもん)


_ひかり、すっかりオトナだね

(ね、もうお兄ちゃんの身長、越しちゃったよ)


_あはは、お兄ちゃんなのに越されちゃったよ

(ふふふ、わたしがお姉ちゃんみたいだね)


_そうだ、ひかり、

(なあに?)


_誕生日、おめでとう

(…!……覚えてて…くれたんだ……)


_あたりまえだよ

(お兄ちゃんだから?)


_そういうこと

(ありがとう、お兄ちゃん)


_うん、

(いままでのおめでとうで一番うれしい)


_よかった

(うん)


_ひかり、お誕生日おめでとう!

(えへへ、うれしい、ありがとう)


_おめでとう!

(うん、わかったよ、聞こえてるよ、ありがとう)


_最初で最後になるからね

(最初で最後??)


_うん、そう、最初で最後

(どういうこと?)


_ひかりの誕生日に会えるのはこれが最初で最後なんだ

(もう会えないの??)


_会えるよ、次の長い月の日に

(それって…)


_お別れしてから今日までの間を、もう一回

(もう一回……)


_そういう約束なんだ

(きらきら星との?)


_そういうこと

(…やっと会えたのに……寂しいよ)


_ごめんね

(ううん、本当は会えるだけでもうれしいのにね、さよならのことおもったつらくなっちゃうの、また会いたいって気持ちがにゅっと出てくるの。春のつくしみたいに)


_つくし、ふたりでながめたね

(かわいかったね、つくし)


_おぼえてた?

(おもいだしたよ)


_大切なおもいで

(大切な、大切な、おもいで)


_うん

(お兄ちゃんと一緒でしあわせだったな)


_おれもだよ

(よかった)


_ひかりはたくさんのしあわせをくれた

(そうなの?ちびっこかったのに?)


_そばにいてくれることがしあわせだったよ

(なにもできなくても?)


_いっしょにいること、いっしょにいて、おなじものを見て、笑ったり、泣いたり、怒ったり、すねたり、それはしあわせなことだったよ

(うん、わたしもだよ、お兄ちゃん)


_よかった

(わたしのたからもの)


_うれしいな

(あんなしあわせないもん)


_そんなことないよ

(そんなことない?)


_ひかりはこれからしあわせになるよ

(これから?なれるかな?)


_うん、なれる

(なれるかなぁ)


_いのちは、しあわせになるために生まれるんだ

(しあわせになるために生まれる…)


_だれもひとりにはなりたくないんだ

(ひとりにはなりたくない……)


_わかるかい?

(うん、わかる)


_だから、きっとしあわせになるよ

(お兄ちゃんが見守っててくれるし?)


_そういうこと

(お兄ちゃん、本当はね、もう離れたくないんだ)


_同じきもちだよ

(うん)


_でも、約束だから

(うん、わかった、わがまま言ってごめんね)


_それはわがままじゃなくて、ひかりのきもちだよ

(わたしのきもち)


_そう、大事なきもち、ひかりだけのもの)

(わたしだけのもの)


_そういうこと

(うん)


_だから、大丈夫

(また会えるんだよね??)


_もちろん

(きっと、きっと、きっとだよね??)


_きっと、きっと、きっと

(うん、きっと、また会いに来るね)


_いつも見守ってるよ

(ありがとう、お兄ちゃん、ありがとう)


 とめどなく溢れる涙が宙に浮遊する。

 つぶつぶは、ふわふわ浮いては、きらきらと光る。




(そうだ、お兄ちゃん)

_なに?


(ここに来たほかの子たちはどうなったの?)

_いるよ


(どこに?)

_それぞれの宇宙に


(それぞれの宇宙に……)

_感じてごらん、聴こえるから


(わかった、やってみるね)

_うん



 意識的に瞳の膜を閉じる。

 彼女たちを感じるために。

 宇宙から音が聞こえてくる。

 

 光の速さを超えて。

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