twinkling 6|神崎★★★★★


 ミャー。


 ジンジャーのミの音が、線香花火の火花が消えたあとの静寂に終止符を打つ。音楽が再開する。その声で我に返ったひかりが言う。


「教えてください。神崎さんの知っていること、全部。わたし、知りたいです」

「知っている、というか、これはあくまでも仮定です」

「それでもかまいません。わたしに、わたしのまわりに何が起きているのかすこしでも知りたいです。だって、わたしとわたしのお兄ちゃんに関係してる話ですよね?お兄ちゃんは、わたしのたったひとりのお兄ちゃんだったから!」


 ひかりの手が微かな震えている。その手をぎゅっと握る。ひかりは、大切な何かを取り戻そうとしているかのように見える。神崎は、そこに覚悟をみて取る。応えるために居ずまいを正す。神崎とひかりの最終楽章は、フルートの代わりの呼吸音とともに静かに始まる。


「ひかりさんのお兄さんが亡くなった日と、ひかりさんの今度の誕生日が『長い日』と重なるのは、単なる偶然にしては出来すぎています。やはり、何らかの繋がりがあるに違いありません。ひかりさん、以前に話してくれたことがありますね、ひかりさんがしている普段の願掛けのことです」

「ああ、はい、きらきら星のことですか?」

「はい、それです」

「わたしが…わたしがお兄ちゃんから教えてもらったものです」

「それについて、もうすこし詳しく教えてくれますか?」

「詳しくってほど話せることはないんですけど…そうですね、まだ、お兄ちゃんと暮らしていたときに教えてもらったんだとおもいます」

「と言いますと?」

「お兄ちゃんは、わたしが四歳?のときに亡くなっています。当時の母の恋人からの暴力が原因だったって聞かされました。母も、わたしたちを育てることはほとんどしていなかったみたいです。この辺りのことは、記憶が曖昧です」

「四歳ですからね、もし、お辛いようなら無理に話さなくても大丈夫です」

「ありがとうございます。大丈夫です。わたしだって知りたいですから、ちゃんと」

「わかりました。では、続けてもらえますか?」

「はい。それで、わたしとお兄ちゃんは、夜になるとふたりでよく星を探してたんです。そのときに、お兄ちゃんに教えてもらったのが、


 __きらきら星におねがいすると、なんでも、かなえてくれるんだ。


ってことでした。なんで、お兄ちゃんがそんなことを言ったのは分かりません。もしかしたら、わたしが何か駄々をこねていたのかもしれないです。お兄ちゃんは、それをなだめようとしてくれてたのかも」

「なるほど。当時のひかりさんは、そのきらきら星を見たんですか?」

「うーん、それが、たぶん見たんだとおもいます。けど、お兄ちゃんが教えてくれたのが、どの星だったかは、ちょっと覚えてなくて……」

「そうですか。じゃあ、今は?」

「あ、今は、あの、北極星ってあるじゃないですか、あれなら、わたしでも見つけられるので、勝手に北極星をきらきら星にしてるんです」

「ということは……今はポラリスか」

「今は?」

「ええ、北極星は周期的に変わるんですよ。確か次はこと座のベガだったかな、が北極星になります。といっても、一万年後とかなので、私たちもどこかの星になっているかとおもますが」

「えっ、そうなんですか??わたし北極星は北極星だとおもってました」

「理科も……お苦手のようですね」

「へへへ」


 神崎は店員呼び、コーヒーを再度注文する。

 ひかりにも良ければと声を掛ける。すると、またしても彼女の目が怪しく光だす。彼女はあろうことか、ベリベリベリーソースのレアチーズケーキセットを注文している。粋なネーミングだ。神崎は思う。人間には二種類の人間がいると。食べながら話が『できる人間』と『できない人間』だ。目の前にいるのは、まごうことなき『できる人間』の方だ。返事が「はひ」でも気にしないのだ。間違いない。だって、目が怪しく光ってるから!


 ひかりが、すくと立つ。

 ビクッと神崎の身体が反応する。まさか、あの怪しく光る目で、見透かされたのかと勘ぐるが、すぐに杞憂へと変わる。


「注文が来る前に、ちょっと、お手洗い行ってきまーす」


 ひかりが足早にお手洗いへと向かう。神崎は、ほっと胸を撫で下ろす。すぐさま、なぜと自問する。最近、情緒不安定な気もする。手汗がすごい。テーブル脇の不織布おしぼりをピリリと取り出して、手を拭う。興奮…している?いや、掻き乱されているのかもしれない。自答する。



 ひかりが戻って来るのと、追加注文の品が出されたのは、ほぼ同時だった。


「お待たせしました」

 店員とひかりの声が揃う。無作為の恥ずかしさに、三人の目が屋台の金魚程度に泳いだ後、ぎこちなく会釈を交わし、やり場のない気持ちを逃す。


 ニャー。


 猫のひと鳴きで、その場の空気が軽くなる。


「さて、では、話を進めて良いですか?」

届く訳もないが、ジンジャーに感謝の念を送りながら神崎はひかりに声を掛ける。


「はひ!」

 ほら。すでにベリベリベリベリーを口に含んだひかりが応じる。しかし、神崎の心は平静だ。はひが心の水面に漣を立てることはない。ふは。


「ふは?」

 ひかりが眉間に皺を寄せる。

「あ、いえ、なんでもありません。お気になさらず」

「良いですけど、なんだか楽しそうですね、神崎さん」

「楽しそう……楽しそう?」

「いや、なんか、お仕事でお会いするときに見たことのない表情や声なんで、レアだなぁって」

「そう…ですかね」

「です、です」

「普段は仕事柄、冷静さを保たなければならない場面が多いので、自分でも気付かぬうちに児相の仮面を被るようになっていたのかも知れませんね」

「あー、そうですよね、児相の担当の方ってすごく大変だろうなぁっておもいます。何かあるたびに駆けつけてくれるし、この子たちの親御さんのところや、学校や、ここじゃない色々なところで、たくさん、たくさん頑張ってくれてるんだって。それって、本当にすごいです。わたしには、ぜっっっっっっったい無理です。冷静でいられないです。ここの子どもひとりにだって、取り乱しちゃいますもん、わたし」

「……冷静じゃないです」

「え?」

「いつも冷静じゃないです。冷静に見えるように振る舞っているだけです。内心では、焦りや不安や緊張とかで一杯一杯です」

「そうなんです?!」

「そうですよ、ひかりさん、僕をAIか何かだとおもってましたか?」

「あ、いや、そういう意味ではないです。んーん、冷たいとかじゃなくて、子どもたちやわたしたち含めたひとりひとりと、いつも変わらずに向き合いながら、ううんと、そこに居てくれる、そう、ちゃんと、そこに居てくれてる、その佇まいというか、雰囲気が、なんだろう、安心させてくれるんです。ええと、ごめんなさい、説明が下手っぴで」


「……国語も苦手でしたか?」

 視線を落として聞いていた神崎が顔をあげる。その顔には笑みが浮かんでいる。やわらかで、あたたかで、やさしい笑顔だ。


「こう見えて国語は得意でした。ふふふ」

 神崎の笑顔につられてか、ひかりも笑顔をみせる。


 笑顔は、物理的な法則を超えて、人と人を繋げる。まだ、発見されていないこの宇宙の法則のひとつだ。神崎は、いま、未発見の宇宙の法則に挑む。



 ただし、ひとりで、ではない。



 ひかりやGHの子どもたち、一匹の茶トラ猫、そして、ひとりの勇敢な少年とともに、だ。

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