第27話邂逅
年が明けた。
新しい職場は、一言で言ってしまえば、奇人変人の集まりだった。
とにかく魔石を愛して止まない人達の集まりで、本当にこの人達は貴族なのだろうかと思う日々だ。
城に泊まり込んでいる人も多い。寝ても覚めても魔石の事ばかり。
僕が平民だとかそんなの関係なく、そもそも他人に興味がない人ばかりだ。
自分が貴族だという自覚も薄いようで、護衛騎士が準備をしなければ、服なんて一週間も同じものを着続けるような、そんな人達の集まりだった。
ある意味、自由な職場だ。
仕事の内容も、魔石に関わることなら何でも研究して良いという。
しかも自分で研究課題を決めて良いとのこと。急に自由を与えられて戸惑ったことを覚えている。
研究課題なんてすぐに思い浮かばず、僕は研究室に置かれていた魔石を全部鑑定してやった。
その中でアバロンの魔石も見つけた。
樹木が原料の魔石は、このダグロス王国では珍しく文献なども少ない。
何かと因縁があるこの魔石を、僕は研究題材に決めた。
そんな一月初旬、僕は久しぶりに街に出ていた。
魔石の研磨を依頼していた店から、研磨が終了した旨の連絡が届いたのだ。
アグナル王子の許可を得て、三等級の魔石の中で一番高品質な火属性の魔石を手に入れた。それを指輪に加工すべく、研磨師にお願いしていたのだ。
指輪も渡してあるから、石座に嵌めてくれてるだろう。
商人街を僕は歩く。
昨日、雪が降ったせいで、道の隅には雪山が出来ていた。
所々地面には氷が張っている。滑べらないよう気をつけながら研磨師の店の扉を潜った。
「らっしゃい。おやフィノンじゃないか」
「こんにちは。指輪が出来たって?」
ここは僕が魔石鑑定士をやってた時代からの、付き合いがある研磨師だ。
勝手知ったる店なので、工房に入る。
研磨師も咎めはしない。
「今回もいい魔石だった。研磨しがいがあったぜ」
そういって指輪を見せてくれる。美しくカッティングされたその指輪を、僕は小型拡大鏡を取り出して確認する。
魔石の取り違いがないか、へんな傷が入ってないか、指定されたとおりにカッティングされているか、その辺りを確認だ。
「かなり上等な火属性の魔石じゃないか。どこで手に入れたんだ」
「職場のツテでね。ありがとう、いつもとおりいい仕事だ。これは代金」
僕はポケットから金貨の入った袋を渡す。
研磨師は受け取り、金貨を確認した。そしてニヤニヤと笑いながらこちらを見る。
「それで? そんな上等な指輪を誰に渡すんだ? ついにお前にも春が来たか」
「そんなんじゃない。借りた指輪をダメにしたから、その代わりの品だよ」
「おいおい、そんな嘘は通らないぜ。その指輪に見合う指輪を借りるって、どんな状況だよ。嘘をつくならもっとマシな嘘をつきな」
「嘘じゃない。僕にだって貴族との付き合いが出来たんだ。その関係だよ」
研磨師は肩をすくめて見せた。僕が冗談を言っていると思ってるようだ。
事実を言っているだけなのに、なぜ信じないかな。
「ま、そういうことにしといてやるよ。お前が結婚指輪を作るときには、俺のところに持ってきな。格安で研磨してやるよ」
「そりゃありがたいね。でも当分ないよ」
僕は受け取った指輪をハンカチに包み、ポケットにしまった。
そして店を後にする。
滑らないように気をつけながら街を歩き、兵舎に戻る頃にはすっかり日が暮れてしまった。
兵舎の玄関を潜り、ホールに入る。
広いホールの柱に、一人の男がもたれ掛かっていた。
近衛騎士団の服を来た男だった。
僕は息を呑む。
その男が僕に気づき、こちらに歩み寄ってくる。
ダークブラウンの髪に赤い瞳。
ガッシリとした体型は騎士に相応しい雄々しさを持っている。
一度見たら忘れられないだろう護衛騎士、ディノスだった。
「お久しぶりです。元気でしたか」
「あぁ。元気だったよ。どうしてここに?」
ディノスの優しい声音に、胸が震える。
未だに彼が好きなんだと実感する震えに、僕は唇を噛みしめた。
「貴方にお願いに上がりました」
「願い?」
「ここでは何ですから、部屋に入れてもらえませんか」
「あ、あぁ」
確かにここでは誰に見られているか分かったものじゃない。
いつだったか、寝坊した時のことを思い出す。また誰かに噂されては敵わない。
僕はディノスを部屋に案内した。
「狭い部屋で申し訳ないけど」
「いえ。私の部屋もそう変わりませんよ」
見慣れた部屋にディノスが居ることが不思議だ。
僕は椅子を引き、そこに彼を座らせた。
コートを脱ぎながら、僕は言う。
「少し待っててくれないか。お湯を貰ってくる。お茶でも出すよ」
「いえ、必要ありません」
「そうはいっても寒かっただろう。そもそも君は一体どれだけ僕を待っていたんだ? 僕が今日休みだなんて知らなかっただろう」
僕の護衛騎士でもないディノスが、僕の休みの日を知っている可能性は低かった。
かなり長い時間、僕を待っていたに違いない。
いくら建物の中に居たとしても、体は冷えているはずだ。
「私が好きで待っていたので」
「奇特な奴だな」
僕は箪笥からポットと茶葉を取り出すと、食堂に向かった。
そこでお湯を沸かし、ポットの中に茶葉を入れる。
ポットからお茶をこぼさないように、僕は部屋に戻った。
ディノスが立ち上がって窓の外を眺めていた。
「ここからだと、近衛騎士団の兵舎も見られますね」
「そうなのか? それは知らなかった」
机の上にポットを置き、再び箪笥からカップを二つ取り出す。
万が一客人が来てもいいように、カップを二つ用意していた過去の自分よくやった。
カップにお茶を注ぎ、ディノスに差し出した。
彼は椅子に座り、カップを受け取る。
そっとカップに口つけた。
「暖まります」
そう言い苦笑している。やっぱり寒かったんじゃないか。
僕もカップにお茶を注ぎ、ベッドに腰掛けた。
カップに手を伸ばし一口飲むと、暖かいお茶が臓腑に染み渡った。
少し渋いけど、お茶を入れ慣れてないんだから勘弁してもらおう。
ディノスは静かにお茶を飲んでいた。
僕もお茶を飲む。
そうしてしばらく二人でお茶を楽しんだ。まあ、楽しむほど美味しいお茶じゃなかったけども。
ディノスが飲み終わったカップを机の上に置く。
僕もカップを机の上に置いた。
ディノスが物言いたげに僕を見ていたが、先に僕の話をさせてもらおう。
実はあの指輪をどうやってディノスに渡そうか悩んでいたんだ。
彼の連絡先なんて知らないし、いつ逢えるともわからなかった。
それが彼の側からきてくれるなんて。
こんな奇跡を逃したくはない。
「僕も君に会いたいと思っていたんだ。ちょうど良かったよ」
「そうなんですか?」
僕はポケットにしまっていた指輪を取り出した。
ハンカチに包んでいたそれを開く。
現れた指輪に、ディノスの目が丸くなった。
「これを君に。君の指輪をダメにしてしまったから、その代わりだ。受け取って貰えないだろうか」
「私に? ですが指輪は返していただきました」
「いいや。魔石の魔力のほとんどを使ってしまったんだ。あれはただの綺麗な指輪だよ」
「しかし」
言いつのるディノス。僕はディノスの手首を掴むと、その掌に指輪を載せて握らせた。
「受け取ってくれ。そのために王子にお願いしたんだ。何のために時間をかけて石材倉庫の魔石を全部鑑定したのか分からなくなる」
「! そんなことをしたんですか」
「君に渡す魔石だ。そりゃ念入りに鑑定して調べたさ。三等級の中では最高品質だと太鼓判を押す。価値は君の持っていた指輪と変わらない。お父上の贈り物をただのガラクタにしてしまった僕の贖罪だよ」
「セレスト……」
ディノスの目が揺れた。考え込むようなそぶりを見せる。
……どうか頼むから受け取ってくれ。
僕は祈るような気持ちで、ディノスの手を握った。
ディノスの視線が僕を捉える。
赤い瞳が僕を写した。
「分かりました。私のために貴方が用意してくれたものですから、頂きます」
「ありがとう」
「代わりに、私のお願いを聞いてくれますか」
「あぁ、なんだ」
ディノスがゆっくりと僕に告げる。
「貴方の護衛騎士にいま一度、私を呼び寄せていただきたいのです」
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