第26話報告
あの事件から一ヶ月後。
もう年末になっていた。
僕はいつもの石材倉庫で、かじかむ手を揉みながら、魔石の記録を取る。
今までとおりの変わりない日々が過ぎていく。
一つ変わったことといえば、僕から護衛騎士が外れたことだろうか。
ディノスは今、リザロ卿の元に居る。
聞けば彼の心の治療に、ディノスが役立っているのだとか。
そういう事情もあって、僕の護衛騎士を外れたのだ。
じゃあ新しい護衛騎士が就いたのかといわれれば、それはまだで。
イアン室長が型通り近衛騎士団に申請してくれてるそうだが、騎士団から反応はないという。
アグナル王子も今回の事件の後始末で忙しく、僕の護衛騎士まで手が回らないのだろう、これと言って反応はない。
僕もディノス以外の護衛騎士が必要かと言われれば、全く必要ではなかったので、積極的に動こうとはしなかった。
今回の事件は、王宮を揺るがす大きなものとなった。
クロウ曰く、ペロー伯爵はザーク帝国に亡命しようとしていたとのことだった。事件の裏にいたのはザーク帝国では無いかと噂されているらしい。
ザーク帝国はそれを否定し、一切関係ない立場を取っているとのことだ。
まあ、これ以上の真相は闇の中なのだろうが。
「ま、これ以上知りたいとも思わないけどな」
「それ、前振りにはちょうどいい台詞だな」
背後から声をかけられ、僕は飛び跳ねた。
振り返ればクロウが居た。
「いつも驚かさないでくれ。僕はこれ以上何も聞かないぞ」
「まあまあ、事件の当事者なんだ。知りたいだろ」
クロウが胸から何かを取り出した。布に包まれていたのは、ほかほかの焼き芋だった。
「守衛が焼いてたのを譲ってもらった。どうだ」
「もらおう」
僕は焼き芋を受け取り、半分に折って頬張った。
ホクホクで甘みの強い美味しい芋だった。
クロウも焼き芋を懐から取り出してかじる。
そしてディノス用に用意していた椅子に勝手に座る。
「それでだな、伯爵達の処分が決まったぞ」
「それ、僕が聞く必要あるか?」
「じゃあ俺の独り言だ。ペローの血に繋がるものは連座で処刑。あの採掘場は一旦辺境伯が治めるらしい」
「…………」
分かっていたこととはいえ、その処分人数の多さに瞠目する。
僕の元同僚も連座の中に入っているから、彼も処刑されることになる。
「お前さんの元同僚な、リザロ卿とお前さんの休みの日をゴロツキどもに流してたそうだ。リザロ卿は偽造印章指輪を作らせるため。お前さんは、その指輪のことをを嗅ぎ回っていたため。父上からの指示を受けてな」
「だから僕が休日の日に襲われたのか」
「印章官の休みはバラバラだ。それなのに都合よく襲われるんだ。内通者が居るだろう事は分かっていたが、まあ想定通りだったな」
「なんだよ、怪しい奴を泳がしていたのか」
「俺も完璧じゃないんでな。確たる証拠がないんじゃ、貴族の令息をしょっ引く事なんてできんさ」
それは確かにそうだろう。
僕は芋にかじりつく。
「そもそもなんで偽造の指輪なんて作ろうと思ったんだろうな。あまりにも危険が高いだろうに」
僕がそういえば、クロウがかじっていた芋から口を離した。
「それな。俺も疑問だったんだよ。魔石のちょろまかし程度なら、まだお目こぼしもあっただろうが、印章指輪の偽造はやり過ぎだ」
「だよな。僕もそう思う」
クロウが分からないと言うんじゃ、僕にはもっと分からない。
二人して沈黙する。
「それは何者かが、我が国を攪乱させようとしていたからだろうな。今回はその手先が騒ぎを起こしたと思われるぞ」
またしても背後から声をかけられた。この声は、振り向かなくても分かる。
僕は芋をさっと机の上に置き、椅子から立ち上がった。
クロウも椅子から立ち上がり、片膝を落として頭を垂れる。
僕も急いでそれにしたがった。
「顔を上げてくれ。功労者のお前達に畏まられては話がしづらい」
アグナル王子だった。
その背後にはウェルス侯爵。そしてエリノア伯爵もいた。
「それよりもいい匂いがするな。何を食べていたんだ」
「いや、これは………………」
僕は言いよどむ。さすがに職場で芋を食べていましたとは言いがたい。
クロウも苦い顔をしていた。
「お前達が休憩していたところに邪魔したんだ。咎めやしないさ」
僕はおずおずと芋を差し出した。
「焼き芋です」
「ほぅ、うまそうだな」
この流れ、断れない。
僕は背後にいたウェルス侯爵とエリノア伯爵に助けを求めた。だが二人とも諦めろと言わんばかりの顔をしていた。
「食べかけですが、よろしいですか」
「かまわん。衛兵たちが食べているのを見て、俺も食べてみたかったんだ」
「あの、毒味とか必要ではありませんか」
「お前が食べて問題なかったんだろう。気にする必要があるのか?」
信頼しきった顔がまばゆい。
仕方なく僕は芋を渡した。
王子は芋を千切って口に運ぶ。
普通の芋だ。日頃口にしている菓子よりも甘みも旨みも少ないだろうに、王子は美味しそうに食べた。
「これは素朴な味だな。でも旨い。衛兵たちはこんな旨いものを食べていたのか」
「だからといって、衛兵たちから貰おうとは思わないでくださいよ、アグナル王子殿下」
ウェルス侯爵が釘を刺す。
王子は芋をパクパク食べながら頷いていた。
「今度、料理長に頼もう。それならいいだろう」
料理長もさぞかし泣くだろう。ただ芋を焼いただけのおやつを頼まれるのだから。
「あの、アグナル王子殿下」
クロウがおずおずと声をかける。
「なんだ」
芋を食べるのに夢中の王子だったが、クロウのもの言いたげな顔を見て、にやりと笑った。
「あぁ、さっきの話な。偽造指輪をそそのかしたのは、女占い師らしい」
「やはり……女ですか」
クロウが呟く。
「あぁ。一年ほど前からペロー伯爵の元に現れた、身元不明の女だ。占いの腕が良く、すっかり伯爵は心酔してしまって、いいなりになっていた。その女にかなり貢いでいたとも言っていた」
「その女が印章指輪の偽造を……」
僕は苦々しい気持ちで吐き捨てた。
その女のせいで、僕たちはこんな大変な目にあったのだ。リザロ卿は心までズタズタになった。
許せない。
「女曰く、契約書の偽造が出来る力があるのなら、ザーク帝国で重用される。今よりも良い待遇で受け入れられると言ったそうだ」
「なんですって」
これはクロウだ。
「どうも高等級魔石の産出量が減っていたのは事実のようだ。いずれ閉山になるかもしれないという恐怖が、伯爵にはあったらしい。確かにあそこの領地は魔石の採掘以外、目立った産業がないからな。それでオークションで高等級の魔石を売り飛ばして蓄財し、偽造の印章指輪を使って契約書を書き換えて、商業分野を牛耳ると考えたらしい。その実績を持って、ザーク帝国の食客にでもなる予定だったとか」
王子は話しながら器用に芋を食べ終え、手をパンパンと叩いた。意外と大口で食べるんだな。
「お粗末な計画です」
ウェルス侯爵が吐き捨てるように言う。
それは確かにその通りだろう。そう簡単に商業分野が牛耳られては困る。
実際に偽造の指輪は見つかり、僕たちが事件に介入するきっかけになったのだから。
「伯爵も、なぜ自分がそんな愚かなことをしたのかと泣いていた」
アグナル王子が目を伏せた。
「伯爵は洗脳されていた可能性がある。伯爵の寝室でアバロンの香が見つかったというから」
そうなのか。アバロンが見つかったのか。
「詳しくは知らないが、洗脳や拷問に使われる魔石なのだろう。…………仮に洗脳されていたとしても、こと大きさを考えれば仕方ないがな。だが、一番悔しいのはその女占い師を逃したことだ。最も重い刑罰を与えなければならないのは、その女だろう。取り逃がしたことが悔やまれる。その女をたぐれば、今回の黒幕が分かっただろうに」
王子が拳を握りしめた。
心底悔しそうに言う王子に、ウェルス侯爵が肩に手を置いた。
「仕方ありません。何者かの手引きによって逃がされた可能性が高いのですから。」
「だがな、そのせいで、どれだけの損害が我が国に及んだか」
「まだ証拠がありません。今は辛抱を」
僕は少し気になっていたことを王子に尋ねた。
「あの、可能なら教えて頂きたいのですが」
「なんだ」
「リデロ男爵家はリザロ卿の境遇を知らなかったのですか。今回の摘発でリデロ男爵も捕まったと聞きますが」
「知らなかったそうだ。……リデロ男爵は、あくまでも魔石の採掘に関わることしか関与していなかった。それもペロー伯爵の指示で、等級の高い魔石を弾いていただけだな。リザロ卿が心神喪失状態に陥っていたことを知って、リデロ男爵は驚いて悲嘆していたよ」
「リデロ男爵の処分はどうなるのでしょうか」
「失爵だろうな」
爵位の剥奪。やはりかなり重い処分になるようだ。
「ではリデロ卿は……」
「平民扱いになるが、その身分はエリノア伯爵預かりだ」
僕はほっとした。伯爵がリデロ卿を保護してくれるのなら、悪いようにはならないだろう。
「今回の事件の顛末はこんなところか。他に聞きたいことはあるか?」
僕とクロウは首を横に振った。
「それじゃあここに来た本来の目的だ。お前達功労者に特別に労ってやろうと思ってな。金一封はすでに手配してある。その他に何か希望はあるか?」
クロウは滅相もない、と辞退した。僕も続いて辞退しようとして、ふと思い立った。ここまで王子が言ってくれているのだ。これくらいなら許されるのではないか、と。
「一つお願いがございます」
「なんだ」
「ここに届いた魔石のうち、私が見繕った三等級のものを一つ、買い取らせて頂けないでしょうか」
「そんなことでいいのか?」
「はい」
むしろ願ってもないことだ。ここには王国全土から魔石が届く。つまり、最高級の魔石から選びたい放題だ。
ディノスの指輪の魔石は、その魔力のほとんどを使い切ってしまった。また魔石に魔素が溜まるまで、魔法の行使は出来ないだろう。ただの綺麗な指輪になってしまった。
だから僕が同等かそれ以上の魔石を用意してあげたかった。
その機会があるなら、逃がしはしない。
「フィノン印章官には、命を省みずリデロ印章官を救出した功績があります。三等級の魔石を授与しても良いのではありませんか」
意外にもウェルス侯爵がそう言ってくれた。
王子も頷く。
「印章官の価値はそれ以上だからな。よし、フィノン、君が好きな魔石を持って行っていいぞ」
「ありがとうございます」
言質は取った。後でじっくり探すことにしよう。
僕は心の中で拳を固めた。
「それから最後に、君に異動命令だ」
「え」
僕は呆然とする。異動? どこにだ?
僕には印章官という職場しかないと思っているのに。
よほど悲壮な顔をしていたのだろう。エリノア伯爵がぷっ、と小さく吹き出していた。
「そんな顔をするな。印章院から追い出すわけじゃない。君は石材管理部の研究室に異動だ」
王子が僕の異動先を告げる。
研究室? 僕が?
研究室は魔石の研究と開発をする場所だ。実は何をしているのか僕もよく分かっていない。あの人達は研究室からほとんど出てこないし、会話もほとんど無い。
まあ、平民の僕と話したい人はほとんど居ないんだが。
「これは話半分で聞いて貰いたいんだが」
王子が僕を見て苦笑した。
「ここ半年近くだな……余りにも等級管理が完璧すぎて、市井に高等級の魔石が出回らなくなってしまったそうなんだ。今までは見落とした魔石がぽつぽつ出回っていたんだが、それがぱったりなくなってしまって、商人たちが困っているらしいんだ」
「はい?」
「あまりにも完璧すぎる管理も、経済を回すには毒ということだな」
つまりあれか。僕がきっちり仕分けしすぎたせいで、今まで見落としていた一等級や二等級の魔石が出回らなくなった。
そのせいで、今までそういう魔石を拾い上げていた宝飾系商人や魔石鑑定系商人が困っていると。特に宝飾系はそのまま貴族の服飾にも繋がる。
ひいては貴族達の楽しみが減ると。
僕は半眼になる。
僕がしっかりと仕事をした分、市場の一端が壊れてしまったと言われてはがっかりもする。
「そこで君には研究職に就いて貰おうと思う。魔石を思う存分見られるぞ」
王子がニコニコ笑いながら言う。確かに魔石を心ゆくまで眺められるのはありがたいかもしれない。
すくなくとも印章官で居られるのだから、感謝すべきだろう。
「ありがたく拝命いたします」
僕は頭を下げた。
「新しい職場には、年明けから就くことになる。それまでに引き継ぎを終えておくことだ」
これはエリノア伯爵だ。
僕は頷いた。
「それと、芋を職場に持ち込むのは今後厳禁だ」
持ち込んだのはクロウなんだけどな。
僕はそしらぬ顔をするクロウを睨んだのだった。
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