第22話拉致

「……都合がいいのか悪いのか……まあ、殺すよりは価値がある人材だろう。よくやったよ」


 女の声がする。

 僕はぼやける思考から抜け出すように目覚めた。二日酔いのように、頭がガンガンする。

 うっすらと目を開ければ、薄暗い牢屋の中だった。


 横倒しになったまま、後ろ手に手を縛られている。幸いにも足は縛られていないようだ。

 僕の視界からは、鉄格子越しに女の足と男の足が見える。


 顔を見てやりたかったが、僕が起きたことに感づかれては拷問でも始まるのではないかと感じたため、静かにしていた。


「ちっ、もう少し粘れるかと思ったけど、想像よりも早かったね」

「どうしますか姐さん」

「どうもこうもない。魔石の準備ができ次第ずらかるよ。魔石と印章官二人だ、手土産には十分だよ。お前も準備しておきな」

「わかりました」


 印章官が二人。

 一人は僕だとして、もう一人は誰だ?

 そう考え、数ヶ月前に行方不明になったリザロ卿を思い出した。

 もしや、リザロ卿を拉致したのもこいつらなのか。


「あぁそうだ。味見でアバロンは使うなよ」

「わかりました」


 女が靴音を響かせながら牢屋のある部屋から出て行った。

 

「けっ、うまみがねぇじゃねぇか。せっかく上物を拉致してきたのによう」


 男が吐き捨てるように言う。

 女の言う味見やアバロンが何を指すか分かってしまい、ゾッとした。

 味見とは性的な虐待のことだろう。その際に使われるアバロンといえば、魔石由来の催淫剤だ。

 少量なら気分を高揚させ、人を良い気持ちにさせるが、量が多ければ人を極度の酩酊状態に陥れる。

 ただ、その酩酊状態が心地よいとして、裏社会では高値で取引される。とても危険な魔石だ。

 そんな危険な物をどうやって手に入れたんだ。

 アバロンの主な産地はザーク帝国だ。ダグロス王国では魔核の次に手に入りづらい魔石だぞ。

 その辺のゴロツキが簡単に使えるような代物じゃないはずなのに。

 

「骨折り損だぜ」


 それに男の訛り……北部特有のものだ。

 僕は必死に考える。

 一体僕はどれくらい意識を失っていた? ここはどこなんだ?

 街道の宿場街に、こんな牢屋がありそうな場所があるとは想像できない。考えられるとしたら、やはり街として機能しているペロー辺りのような気がする。

 ペローの罪人を拘束する留置場だろうか。


「ちっ、この部屋は冷えるんだよな」


 男が舌打ちしながら牢屋のある部屋から出て行った。

 僕は腹筋を使って、何とか起き上がった。

 こんな時、筋力がないことを痛感する。

 もっと鍛えておけば良かった。


 牢屋の床は石畳。壁は石壁。鉄格子で廊下と区切られている。

 部屋には僕が入っている牢屋しかなく、小さな留置場のように見えた。

 明かりは上部にある小さな鉄格子の嵌まった窓だけで、全体的に薄暗い。

 その窓を見上げれば、日中のようで、青空が見えた。

 昼間なのにこの薄暗さか。目が悪くなりそうだ。

 目を凝らして牢の中を見る。牢の隅に黒い影があった。その影がかすかに上下している。


 「? 人?」


 僕は膝立ちになりながら歩いた。

 その黒い影に近づけば、それはうつろな目をしたまま、藁の上にへたり込んでいる男性だった。

 その足下には幾枚かの書類が落ちていた。

 僕は顔を近づけてその書類を見る。


「これは印章紋?!」


 どこかの貴族の印章紋と思われる図形が書かれていた。

 なぜこんなところに、こんなものが。

 驚きを隠せないまま、僕は男性を上から下まで観察した。

 歳は四十歳くらいだろうか。栗色の髪に、金色の目をしている。優しそうな人物だ。

 上着は上等な絹のシャツのように見えた。

 だがズボンは着用しておらず、下着姿のままだった。靴も履いていない。

 僕は顔をしかめる。

 これはきっと乱暴を受けたに違いない。詳しくは調べられないが、その確率は高かった。

 男は僕と違い拘束はされていなかった。

 両手はだらりと垂れ、足も投げ出している。

 その垂れた手の平の中に、指輪を見つけた。

 僕は後ろ手の手でその指輪を掴もうと奮闘したが無理だった。

 仕方ない……僕は指に魔法を集中させる。


「発火」


 僕の手首を縛る縄を燃やす。手首が熱かったが我慢だ。

 ランプの火くらいしか点けられない火力だが、縄は十分焦げたようだった。

 

「風切り羽」


 続いて風の魔法で、焦げた縄を切り裂いた。

 ペーパーナイフより少し切れ味がいい風の魔法は、何とか縄に切れ込みを入れてくれた。

 脆くなった縄をあとは自分の筋肉で引きちぎり、僕は火傷した手首をさすった。


「くそっ、痛いぞ」


 そして首からぶら下げていたチェーンを引っ張り出し、ディノスから預かった指輪を手首に当てる。


「魔石開放」


 魔石が輝き、暖かな光を放つ。さすが三等級の魔石だ。その出力はそこそこで、火傷した皮膚が元に戻り始めた。


「ませき……」


 男が呟いた。

 痛みが引いたところで、魔石の使用をやめ、男性の側で膝をついた。


「あなたはリザロ卿ですか」


 僕は尋ねる。

 男のうつろだった目は、僕の手にしている指輪を見ていた。


「ゆびわ」


 舌っ足らずな声でそう言う。まるで幼児退行したようだ。

 文献で読んだだけだが、アバロン中毒になると気力が衰え、その言動は幼くなるという。

 まさしく彼のようではないか。


「ぼく、いいこ」


 彼が手を持ち上げた。手の平に載っていた指輪をこちらに差し出してきた。


「いいこ」


 その指輪を受け取る。そして僕は奥歯を噛みしめた。

 その指輪は、印章が途中まで彫り込まれていた。だが、まだ完成ではない。


「ごはん、ちょうだい」


 人の尊厳を踏みにじり、印章官に偽造の印章を作らせる。こんな非道なことがあっていいものか。

 僕は激しい怒りに、我を忘れそうになった。

 奥歯を強く噛みしめ、拳を握りしめる。

 許せない。絶対に許せない。

 

「絶対に貴方を助け出します。ディノスも待っていますよ」

「でぃのす……ぼくの、きし」


 この人は確かにリザロ卿だ。

 ディノスの名前に反応した。

 ずきん、と僕の胸が痛んだ。

 その胸の痛みが何なのか今は解明しないでおく。


 僕はリザロ卿が差し出した指輪を受け取り、首からぶら下げたチェーンの留め具を外した。そこからディノスの指輪を取り出し、代わりに偽造の指輪を通す。

 そうして再び服の下に指輪を収めた。

 取り出したディノスの指輪は、リザロ卿に嵌める。


「魔石開放」


 僕は魔石の力を解放する。

 指輪が淡く光り、リザロ卿の手を温めた。


「きれい」


 リザロ卿が魔石に頬ずりした。

 少しでも彼の心が回復するように、魔石の力を解放した。今は魔石の力を信じてみるしかない。

 そうして僕は、この牢屋からどうやって抜け出すか考え始めていた。

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