14.神聖なる産業革命

壁の向こうに広がっていたのは——


「……は?」


それは、一言で言えば「魔法機械炉」とでも呼ぶべき代物だった。


精巧に組み上げられた金属の骨組みに、魔法陣が複雑に刻まれた巨大な装置。


中央には三つの方向に伸びる出口があり、その下には何かを運ぶための魔法のベルトコンベアが敷かれている。


そして、装置全体からは神聖な光が——確かに神聖な光なのだが——どこか暗く、弱々しく輝いていた。


まるで、寿命が尽きかけた蛍光灯のような、そんな儚い光だ。


「こ、これは……何だ? っていうか、何でこんなもんが教会の亜空間に隠されてるんだよ!?」


いや、だって、おかしいだろう!? 教会の最深部に、魔法の壁で隠された空間があって、そこに工場みたいな機械が置いてあるって、どういう状況だよ!


これ、完全にダンジョンの隠し部屋じゃねえか!


しかも、ボスキャラの代わりに工場設備が置いてあるって、どういうセンスしてんだよ!


「お、おかしいわね……こんな装置、見たことないわよ……」


ペルフィも、俺と同じように固まっていた。


突然、エルスが声を上げた:


「ええええええ!? みんな知らないの!?わ、私は知ってるわよ! これは、あの……ゴールデンアップルパイを生産する装置なのよ!」


「「……生産?」」


生産って——


「ちょ、ちょっと待て! 今、何て言った!?」


「え? だから、生産するって……」


「いや、待て待て待て! 生産って、何だよ! 何で急に産業革命みたいな単語が出てくるんだよ!?」


神聖な供物を「生産」って! それって完全に工場の用語じゃねえか! 次は何だ、「品質管理」とか「生産ライン」とか「コストカット」とか、そういう話が出てくるのか!?


「それに、神聖なものって、大量生産していいもんなのか!? そんなことしたら、全然神聖じゃなくなるだろ!」


「え、えっと……その……」


「ていうか、お前ら自分たちで生産できるなら、何で供物なんて集めてるんだよ!? 自分たちで作って、それを女神に捧げればいいだけじゃねえか! それに、女神って、こんな工業製品食ってんの!? 女神の地位、どんだけ低いんだよ!?」


「むっ!」


エルスが頬を膨らませた。


「な、何よ、但馬さん! 私だって、世界のどこかにゴールデンアップルパイを生産する装置があるって知ってたわよ! でも、それが工業化された流れ作業だなんて、知らなかったもん!」


「いや、それ、完全に同じ意味だろ!」


「それに! それに! 美味しくて神聖ならそれでいいじゃない! そんなこと、重要なの!?」


「重要に決まってんだろ! だって、もう工業化されてんだぞ!?」


「何よ! 但馬さんだって知ってるでしょう!? あなたの世界でも、宗教用品なんて、本質的には全部工業化された流れ作業で作られてるのよ! 一群の『どこに神様なんかいるんだよ』って文句を言いながら働いてる工員たちと、金儲けしか考えてない企業家たちが作り出した——」


「ちょ、ちょっと待て! 黙れ! それ以上言うな!そういう話題は、軽々しく口にするもんじゃねえんだよ!」


やばい、やばいやばい。この女神、何を言い出すんだ。


確かに、俺の世界でも仏像とかお守りとかは工場で大量生産されてるけど、それを声高に言ったら色々とマズいだろ!


デュランとペルフィが、俺たちを呆然と見つめていた。


「……あの、お二方は、一体何の話を……?」


「さあ……? でも、タンタン、何か必死ね……」


その時、ドリアが振り返った。


「あ、あの……本来なら秘密にしなければいけないんですけど、せっかく助けを求めてお呼びしたので、お話しますね」


彼女は少し照れくさそうに胸を張った。


「実は、教会に置いてある供物……あれ、全部私たちが作ってるんです」


「……え?」


「でも! でもですよ! ここで、とても天才的な発想があるんです!」


ドリアの目が、妙にキラキラしていた。


「……何だ、その天才的な発想って?」


「はい! 私たちの教会は、自分たちでゴールデンアップルパイを生産してるじゃないですか? 実は、この装置、とても簡単なんですよ! リンゴを入れて、砂糖を注いで、レバーを引く。これだけで、ゴールデンアップルパイができるんです! すごいでしょう!?」


「いやいやいや!ちょっと待て! それのどこが『ゴールデン』なんだよ!?どこが『神聖』なんだよ!? それって、ただエルスが好きなものを放り込んだだけじゃねえか!」


「そ、そうよ! 何でゴールデンなのよ!」


ペルフィも同意した。


「それって、何か……遊園地とか、博物館とかで、子供向けに『新しい機械だよ!』って紹介して、騙して体験させて、実際にやってみたら全然面白くなくて、しかも高い料金を請求されるやつに似てる……! クソッ、あいつ……俺が子供の頃、せっかく貯めた小遣いを……!」


「……タンタン、それ、完全に自分の体験談よね?」


「それで!このゴールデンアップルパイ生産機は、私たちの教会にしかないんです! つまり、独占ですね! 私たちが生産して、それを市場に流通させて、高めの価格で販売して、差額を稼ぐ。そうやって、教会の資金をどんどん増やしていったんです!」


「……」


突然、ペルフィが声を上げた。


「ねえ、エルス? あなた、顔、真っ青になってるけど……?」


「……え?」


俺は振り返った。


エルスが、完全に俯いていた。その肩が、小刻みに震えている。


ああ、そうか。


俺は思った。


やっぱり、エルスも女神なんだな。自分の教会が、こんな商売をしてるって知って、自分の神聖な立場が汚されたような気持ちになってるんだろう。


そう思った瞬間——


「……う……うう……」


エルスが、すすり泣き始めた。


「……なんで……なんで、そのお金を全部私に寄付してくれなかったのよぉ……」


「……は?」


「私……私は、透明化魔法を使って、ゴールデンアップルパイを盗み食いしなきゃいけない生活を送ってたのよぉ……! なのに……なのに、教会は私に黙って、こんなに儲けてたなんて……ひどいわぁ……」


「……お前、結局そこかよ!」


いや、確かに、エルスらしいっちゃらしいけど! でも、もうちょっと女神としてのプライドとか、神聖さへのこだわりとか、そういうのはないのかよ!?


「あ、あの……エルス様? その……大丈夫ですか……?」


ドリアが心配そうに声をかけた。


「……いえ、何でもないわ……続けて……」


「あ、はい……それで、ご覧の通り、私たちの機械が壊れてしまったんです。だから、ゴールデンアップルパイも生産停止になってしまって……これまで市場でゴールデンアップルパイの価格が高かったのも、こういう理由があったんですけど、今は完全に供給がなくなってしまって……だから、私たちも、つい盗み食いを……」


「……なるほどな」


俺は頷いた。


つまり、要するに機械を直してほしい、ってことか。


「だったら、あのゴルドリックに頼めばいいんじゃねえか? あいつなら、こういう機械くらい簡単に直せるだろ」


「あ、それは……その……」


ドリアが困ったような顔をした。


「実は、この件は、他の人には絶対に言えないんです……秘密ですから……それに、エルスさんなら、きっと何とかできると思って……」


「……」


エルスは、まだ教会に裏切られたショックから立ち直れていないようだった。


その時——


「……鉄君、ここが調子悪いのか? ああ、分かった」


突然、デュランが呟いた。

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