13.誰だ、お前

というわけで、その日の夜。


俺たち一行は、ドリアに連れられて教会へと向かっていた。


「……ねえ、ドリアさん、もう別にデュランのこと無視しなくてもいいんじゃない?」


そう。さっきからずっと気になっていたのだが、ドリアはデュランを完全に無視し続けている。一方のデュランも、コミュ障の本領を発揮して、ドリアに話しかけることができずにいた。


でも、全員知ってるんだよな。この二人、昨夜会ってるって。


「え? あ、その……す、吾は別に……その……」


ああ、ダメだこりゃ。


これ、絶対にこのまま放置したら、二人とも永遠に会話できないパターンだ。


ちなみに、デュランは最初、教会に行くこと自体を渋っていた。


「い、いや……その……吾としては、やはり教会に行くのは……少し……」


「大丈夫よ、デュラン! こういう時こそ、デュランの力が必要なのよ!」


ペルフィが、妙にキラキラした目でデュランを励ました。


「そうよ! もしかしたら、デュランが教会を助けることができれば、クビにならずに済むかもしれないじゃない!」


「そ、それは……」


デュランが言葉に詰まる。


その時、俺は思いついた。


「っていうか、エルス。お前が直接、『私は偉大なる女神である! 今、女神の名において命じる! デュランをクビにするな!』って宣言すればいいんじゃね?」


「ええええ!? で、でもそれは……」


エルスが慌てて手を振った。


「そもそも、自分が女神だって認めること自体、天界への報告が必要なのよ! そんなことしたら、私、一体何回報告書を書かなきゃいけないと思ってるの!?」


「知るかよ、そんなの」


「あ、あのね、但馬さん! 想像してみて! あなたが社畜だった頃、たった一つのミスのせいで、全員に謝罪して回らなきゃいけなかった時のことを!」


「……分かった。今すぐお前の秘密を守ってやる」


ああ、そうだ。あの地獄のような謝罪行脚。あれを思い出したら、確かにエルスの気持ちも分からんでもない。


「ちょっと待ちなさいよ」


突然、ペルフィが割り込んできた。


「そもそも、私たちの依頼内容って、デュランのコミュ障を治すことじゃなかったっけ? 教会がどうなろうと、デュランの依頼とは関係ないんじゃないの?」


「あ」


俺は思わず声を上げた。


確かに。


「そもそも最初、デュランが金を貯めるために教会で働いてたって話だったよな? だったら、教会がどうなろうと関係なくね? っていうか、お前らの教会、財政危機なんだろ!? どこに協力料を払う金があるんだよ!?」


「で、でも! だって、あれは私の教会で、私の信徒たちなのよ! それに……」


エルスの目が、妙に真剣になった。


「……ゴールデンアップルパイが食べられなくなるじゃない!」


「お前、結局それかよ!」


「あ、あの……その……吾としては、やはり教会に行くのは……少し……」


デュランが、申し訳なさそうに言った。


「問答無用よ! 意見なんて聞いてないわ! 下手なこと言ったら浄化するわよ!」


エルスが突然、女神モードになった。


「一人より二人、二人より三人! 多ければ多いほどいいのよ!」


「ご、ごめんなさい……」


「いくら何でも、それはひどすぎねえか? 一応、相手は依頼人だぞ?」


俺は思わず言ったが、エルスは聞く耳を持たなかった。


結局、デュランも一緒に行くことになった。


ドリアは、俺たちのやり取りを興味深そうに眺めながら、時折エルスに虔誠な眼差しを向けている。


「あの……エルス様は……そのデュラハンの方も、一緒に連れて行かれるんですか?」


「え? ええ。まあ、その……」


エルスが言葉に詰まった。


その時、突然、エルスの声が脳内に響いた。


『……実は、私一人じゃ対応できるか自信がないの。デュランがいれば、一応、高レベルの人間が二人いることになるから……』


『でも、私たちみたいな高レベルって、結局戦闘面でしか役に立たないんじゃない?』


『そ、それは……その……心理学で言うところの、プラセボ効果というか……』


プラセボ効果じゃないだろう。


『……もう、「友達だから」でいいんじゃねえの?』


俺が助け舟を出した。


『あ、そうね! それがいいわ!』


エルスがテレパシーを解除し、ドリアに向き直った。


「えっと……友達だから」


「そうなんですか! エルス様にはこんなに素敵な友人が!」


……


そして、教会に到着すると、ドリアは門番に向かって駆け寄った。


「あの! 実は大変なことが——あのですね、ここにエルストリア女神様ご本人が——!」


「ちょっと!」


エルスが慌ててドリアの口を塞いだ。


俺は即座に前に出て、門番に向かって言った。


「——エルストリア女神の、熱心な信者です。魔力がとても強くて、教会が大変なことになってると聞いたので、何か手伝えることがあればと思いまして」


門番がエルスをじっと見つめた。


「……いや、でも……この方、本当に女神様に見えるんだが……」


やばい。


俺とペルフィとエルスは、同時に首を横に振った。


「こんなポンコツが女神なわけないでしょう!」


「そうよ! 女神様はもっと威厳があるはずよ!」


「ちょ、ちょっと! 二人とも!」


エルスが抗議したが、門番はまだ疑わしそうな顔をしている。


「そ、それより! 私たち、実は彼も連れてきたんですけど……」


ペルフィがデュランを前に押し出した。


門番が首を傾げる。


「え? 誰だ、お前?」


……おい。


「あ、あの……吾は……その……」


デュランが必死に説明しようとしたが、緊張のあまり言葉が出てこない。


そして——


お約束のように、頭が落ちた。


「おおおおお!」


門番が突然、声を上げた。


「お前、あのいつも頭を落とす臨時彫像のデュラハンじゃないか! お前、何でここに来てるんだ!? 当分来なくていいって言っただろう!」


「も、申し訳ございません……その……吾としては……」


「私が呼んだんです」


ドリアが、ようやくエルスの手から逃れて言った。


「デュラハンさんは、エルス様のお友達だと聞いたので」


「おお、そうなのか。なら、いいか」


おい! 信じるなよ! 何でそんな一言で納得するんだよ!


門番は俺たちを教会の奥へと案内し始めた。


「本来なら、こういう件は主教様が対応されるんだが……あいにく、最近はずっと不在でな」


「不在?」


「ああ。何でも、重要な用事があるとかで、隣国に出張中なんだと」


「……いつ戻るか、聞いてます?」


「さあ……それは聞いてないな」


『ねえ、エルス。お前の主教、逃げたんじゃねえの?』


『私もそう思う……完全に逃げたわね、これ』


『ち、違うわよ! 主教様がそんなことするはずないじゃない!』


エルスが必死に否定したが、その声には確信が感じられなかった。


門番は俺たちを教会の最深部へと導いた。


そして、ある壁の前で立ち止まると、手のひらを壁に当てて呟いた。


「アロ○モーラ!」


……ん?


「……今、『アロ○モーラ』って言わなかったか?」


俺は思わず門番に聞いた。


「ん? ああ、これは古代魔法の呪文でな」


いや、絶対パクリだろ、それ。


壁がゆっくりと開いていく。


そして、その奥に広がる光景を見た瞬間——


俺とペルフィは、完全に固まった。


「……は?」


「……え?」

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