第3話
体が痛い。肩から背中からガチガチに凝り固まっている。それもそのはず、昨夜は二人用ベッドで5人がぎゅうぎゅうになって眠ったのだから。
なんとか体を起こして状況を確認する。マイに抱きついていたピンカは何故か逆さまになってぐーすか眠っている。どういう寝相をしているんだろう。対してレリィはキレイな寝相で、眠る前とほとんど体勢が変わっていない。これはこれで異常な気もするが。そして、フラァはみんなの邪魔にならないためにだろう、小さく縮こまって眠っている。
眠っている表情はみんな魔族とは思えないほど可愛い。
(あれ?ひとり足りないような・・・)
寝室から出て、階段を下りる。1階の構造は単純な四角形で、隅っこに料理をするかまどや調理用の台があり、中央に少し大きめのテーブルと椅子が4脚あるのみである。キッチンと外へ繋がるドアが地続きなので玄関というものはない。簡素なボロ家だ。
そんなボロいキッチンの椅子に座り読書をしているひとりの魔族。ベッドに足りなかった姿はトライだった。マイも早起きな方だが、トライはさらに早く起きたのだろう。
「おはようございます。・・・えっと、トライさん」
「おはよう。マイ」
トライは読んでいた本をパタンと閉じ挨拶を返してくれた。
「あ・・・名前。私自己紹介してなかったような。」
「情報を制する者が戦いを制す。君の事はある程度調べさせてもらった。」
なるほど。理由はどうあれ、名前を呼んでもらえたことはちょっと嬉しい。ただの魔力供給奴隷としてではなくひとりの人間として見てもらえてる気がするから。
「朝食作りますね。ちょっと待ってください。」
「私の分は必要ない。気を使わなくて結構だ。ちなみに、眠っているアイツらの分も必要ない」
「え?でも・・・。」
「我々は起きたら一旦、魔界へ帰る。仕事があるからな」
「仕事?」
「魔族は魔王様に仕える事が仕事だ。人間の勤め人と変わらない」
へぇ・・・。魔族社会も人間社会とあまり変わらないのかな。生活のために仕事をして、決められた社会のルールや常識を守って暮らす。
「強い魔力って、魔族として生きていくのに必要なんですか?」
思いついた純粋な疑問を聞いてみる。
「必要だ。魔力の強さは力の強さ、力の強さは地位の高さだ。より高い地位に就くには強い魔力がいる」
トライは力強く言い切った。地位の高さ・・・。高い地位に就くことってそんなに大切なことなのだろうか。
「特に私は、一族がエリートの血統だからな・・・。一族の顔に泥を塗らないように半端な地位にはいられないんだ。完璧であらねばならない・・・。なのに私の魔力は・・・」
エリートの血筋。完璧を求められる環境。それに見合わない自身の魔力の低さ。
トライの気持ちが想像できた。想像でしかないが、きっと辛い思いをしてきたのだろう。そんなときに、強い魔力を持ったただの人間が現れた。もし、自分がトライと同じ立場だったら、多少残酷な方法を使ってでもその魔力を得ようとするかもしれない。
それを思うとトライは私に対してかなり優しく接してくれているのではないだろうか。きっと真面目な性格なのだ。真面目で誠実で優しい。
トライ相手なら契約してもいいのでは―――?
一瞬そんな気持ちが湧いてしまった。いや、ダメだ。ダメダメ。契約するってことは一生を相手に委ねるってことだ。いくらトライ相手でも自分の人生を握られてはたまらない。
それにこんな気持ちで契約するなんて、それじゃ同情じゃないか。同情で契約されてトライは嬉しいのか?きっと喜ばないだろう。それに―――。
「血統とか世間体とか気にして高い地位について、それって楽しいですかね。」
無意識に思ったことを口にしてしまっていた。その言葉にトライが険しい顔をする。
「あっ、ごめんなさい、なんていうかつい・・・っ」
「ふんっ。こんな田舎で貧乏生活している人間の小娘には理解できないだろうな。楽しいとか楽しくないとかそんな単純な世界じゃないんだ。」
怒らせてしまった。気まずい。でも、なんとなく言い返したくなってしまった。今日の私はどうしたのだろう。あまり他人に強く言えるタイプではないのに。
「だって、人生は楽しいほうがいいじゃないですか」
「知った風な口をきくな小娘!!」
目に見えない速さでマイは壁に押さえつけられた。トライの鋭い爪がマイの喉元に添えられている。
「そんなに怒るって事は図星なんじゃないですか?本当は高い地位に就くことなんて望んでいない。でも周りがそれを許してくれない。だから苦しい。トライさんに苦しんで欲しくないです」
(そうか、私はトライさんに幸せになって欲しいんだ。だからこんなに突っかかってしまうんだ。)
トライの瞳がわずかに揺れる。その眼には怒りの色はもうない。代わりに切なげな弱弱しい光を放っている。
「それ以外の生き方を知らないんだ・・・私は」
「じゃあ探しましょうよ、一緒に。トライさんの楽しいと思えることを」
「探す・・・?」
「はい。すぐには見つからないかもしれません。でもいつかきっと見つかります。それまで一緒にいます。協力します」
トライはマイの首に添えていた爪を納め、壁に手をついた。そして深くため息をついた。髪に隠れて表情は見えない。
「もし、見つからなかったら、責任取ってもらうぞ・・・」
声は落ち着いていて優しかった。気持ちが通じた気がした。それが嬉しくてマイは思わずトライを抱きしめていた。トライは一瞬体をこわばらせたが、無言で体を預けてくれた。
「あ~!朝っぱらからイチャイチャしてる〜!ずるい〜!」
ピンカの大声が室内に響く。それを同時にトライはマイから体を離し素早く後ずさる。ピンカが眠りから覚めてキッチンへやってきたらマイがトライを抱きしめていたというわけだ。タイミングが悪い。
「なになに〜?私たちが寝てる間に愛を育んじゃった感じ〜?トライちゃんってば油断できないね~」
からかうように笑うピンカをトライは睨みつけたがピンカはさらにニヤニヤと笑う。
「私たちも負けてられないね~フラァちゃん!」
「私・・・がんばる・・・。」
ピンカに続いてフラァも現れる。
「全く、私に誘惑するのは下品だの言っていた癖に」
レリィも登場。魔族少女が勢ぞろいだ。
「勘違いするなっ。私は何もしていない!」
レリィの言い草にトライは異議を唱えるがレリィは聞く耳を持たないといった感じだ。
「仕事・・・時間・・・急がないと・・・」
「あら、そうだったわ。魔界に帰らないと」
「急ごう~急ごう~!」
慌ただしくドアから出ていく魔族少女たちを見送る。トライもそれに続いて出ていく。しかし、少しの間足を止めて振り返らずに言った。
「行ってくる」
トライの髪の間から見える耳がほんのり赤いのは気のせいだろうか。
「いってらっしゃい!」
みんなの姿がドアの向こうに消えていく。
寂しくない。
また戻ってくる事が分かるから―――。
つづく。
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