なんにでも牛乳を注ぐ女が異世界で聖女と化して救世しちゃうって話

緋色友架

プロローグ

輝かしきポワンティエ

 ――――最初は、『気に喰わなかった』、ただそれだけだった。




「おまえ、きもち悪いんだよ! この牛乳女ぁっ!」



 質の悪い冷凍食品目白押しの、食料摂取でしかない給食は、入学したての1年生ですらイラつかせる代物だったのか。或いは単に、そいつの知能レベルがダチョウ並みに愚かだったのか。


 なにやら、口論みたいなものは聞こえていた。


 喧騒に混じって、罵倒みたいな声は響いていた。



 だが、俺を含めた教室中のガキ共がそっちへ目を向けたのは、重く鈍くて痛々しい音が、鼓膜へ劈くように届いたからだった。




「っ……」




 女子児童がひとり、蹲っていた。



 周りの黒か濃茶ばかりのそれとは違う、眩しいほどに真っ白な髪の毛。



 側頭部を押さえる左手ですら雪のように白くて――――なのに。



 その指の隙間から零れる雫は、床へ向けられて見えない瞳と同じように、赤くって。




「うっわ! なんだよおまえ、化物のくせに血は赤いのかよ! 人間の真似すんなよ!」


「そーだそーだ! 化物は化物の学校に行けよ! ここは人間様のかよう場所だぞ!」




 ――――男児たちの声に、教室は一斉に沸いた。


 賛同の声が轟く。真っ白な少女への罵声が容赦なく続く。国語の授業じゃ教科書すらまともに読めないくせに、よくもまぁ語彙が続くものだと一周回って感心するくらい。




「…………っ」




 ごろごろと、中身をたっぷり湛えたまま転がる牛乳瓶。


 それに頭を割られた少女は、反論しない。蹲ったまま。俯いたままで膝をついて、堪えるように歯軋りを鳴らしていた。



 ――――もしも人に語るなら、俺はここで誤解のないよう、注釈を挟むべきだろう。




「化物女っ! 牛乳妖怪っ! どっか行けよ! きもち悪いんだよっ!」


「死ーねっ! 死ーねっ! 化物はじごくって場所に退散しろーっ!」


「この雪女! 悪い悪い氷の女王! とけて消えていなくなっちまえ――」









「……いい加減、耳障りなんだがなぁ。クソガキ共」





 そう言って、少女と男児共の間に割って入ったのは、なにも俺が正義漢だったからじゃない。義侠心に駆られたのでも、義憤に駆られた訳でもない。



 単純に、



 自分たちと見た目が違う、たかがそれだけで斯くも理性を失くせる、猿共の浅ましさが。




「っ、な、なんだよ箭波やなみ! おまえ、その牛乳女の味方すんのかっ!?」


「そんな真っ白なやつ、人間なわけねーんだぞ!? 人間やめるなら学校出ていけよっ!」


「そーだそーだっ! 牛乳みたいに不味くてきもち悪い、そんな女の味方するなんて――」



 ……まぁ、その点は同意できた。頷けたのは、逆に言えばそこだけだった。


 俺は、椅子にぶつかって止まっていた凶器を拾い上げた。口々に罵倒を叫ぶこいつらの、誰かが残したのであろう手つかずの牛乳瓶。



 うっすら、赤い血がこびりついたそれの、ふやけた蓋を押し込んで。



 ――――息を止めて、その白い液体をひと息に飲み干した。




「っ……!? や……箭波、くん……?」



「ぅぷっ…………牛乳女、ね……。じゃあこの牛乳を飲んだ俺は、こいつの、笛吹ふえふきの味方ってことでいいよな? つまり、テメェらの敵だ」


 血ぃ流させたって先生にチクられるか。


 それとも同じ目に遭うか――――好きな方選べよ、お猿さん。




 ――――……今思うと、大胆な宣戦布告をしたものだ。下に見ている奴に味方が現れて、そいつから糾弾されればまぁ、小学校入りたてのガキなんてキレて当然だ。後先なんて考えずに文房具を構え、乱闘になるなんて分かり切っていた。



 歴史上初めてだろうさ。牛乳瓶ひとつで男児5人を相手取った小学生なんて。



 喧嘩となれば両成敗だ。俺も、名前すら憶えてないそいつらも、先生に盛大に怒られた。真っ白な少女は保健室に連れていかれて、翌日には頭に包帯を巻いて登校してきた。








 ……だから、要するに、なにが言いたいかって言うと。



 俺と、真っ白な少女こと笛吹メルヒェンの、いわゆる馴れ初めって奴は。



 誇って語れるような輝かしいものではなくて、むしろ思い出したくないだろう黒歴史で。



 それでも最初から一貫して、俺はあいつの、メルの境遇が、不遇が、理不尽が、諦観が、どうしてもどうしてもどうしても気に喰わない。




 ……ただ、重ねて誤解をしてほしくないのは。






 俺があいつを好きになったのは――――同情由来では絶対にない、ってことだ。

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