帰ってきても、心は教室に。
「終わったで~」
あと三センチで本に手が触れるというところで、店の奥から戻ってきた。
僕は慌てて伸ばしていた手をひっこめた。
「なんや、なんか気になるもんでもあったんか? 安くしとくで?」
おっちゃんの言葉で僕は我に返った。あんな本の内容で死者が生き返るなら、もっと多くの人が生き返っているはずだ。
「いや、大丈夫。それより鍵の方は?」
「そりゃあ完璧よ」
おっちゃんは自信満々に二つの鍵を投げる。僕は両手でキャッチし、手元に届いた鍵を見比べると、どちらが学校から持ってきた鍵かわからないほどの出来栄えだった。
「本物がちょっと古かったから、それに合わせて色も加工しといたで」
「そんなこともできるのか、すごいな」
「そんなことが出来ちゃう優れものの機械が陽介の後ろにあるんやで。買っていかへん?」
「それは大丈夫。用も済んだし、僕は帰るよ」
「ちょいちょい、これも持ってきや」
おっちゃんはまた僕に何かを投げてきた。僕はそれを片手でキャッチし、確認してみると、手の中には何も書かれていない名札があった。しかも外しておいたものと全く同じものが。
「お代はいらへんから、持っていきや~」
「ありがとう」
僕は一礼して、名札をカバンの中にしまった。そして木製の引き戸を開けて、外に出る。ポケットから外していた「2-6」と書かれた名札を取り出して、鍵につけ直す。
これで準備は終わった。後は帰るだけだ。
「なんでも屋」から僕の家までは10分程度。しかし時刻は8時半を過ぎていて、いつもなら確実に家に帰っている時間だった。親が心配しているかもしれないと思った僕は、家まで走った。
「ただいま」
少し息を切らしながら玄関のドアを開ける。すぐにリビングへ移動する。
「おかえりなさい。今日は遅かったわね」
リビングでは父と母が夕食を食べているところだった。母も父も県立の高校で教員をやっており、帰りは遅い方だが、今日に限って二人とも帰ってきている。
「ちょっと部活が長引いちゃって」
僕は苦笑いを浮かべながら言った。そして逃げるように自分の部屋に向かった。階段を上る音がいつもよりうるさい。僕は焦る気持ちを断ち切るように、自分の部屋の扉を勢いよく閉める。
バタン、と大きな音を立てて扉が閉まると、僕は重力に逆らうことを諦め、扉に体重を預けて、座り込んだ。
「ふう」と大きく息を吐く。今日は色々なことがあった。死んだ千秋にも会ったし、学校の鍵を持ち出して複製した。僕はポケットから二つの鍵を取り出す。相変わらず、どちらが学校から持ち出した鍵なのかわからない。きっとバレたら怒られるだろうな。
「陽介~、ご飯できてるわよ~。早く下りてきなさ~い」
下の階から母が僕を呼んでいる。僕は思い出したように、鍵を机の上に置いて制服からジャージに着替え始めた。
今、千秋はどうしているのだろうか? 昼もずっと教室に居ると言っていたから、今も教室に一人で居るのだろうか? 体育で男子が着替える時も教室に居るのだろうか?
制服を脱いだ時、ふと鏡に映った自分の姿が目に留まった。僕の体はどうにも頼りない。運動部に所属している高校生とは思えないほど、体が細い。体重も中三の頃から増えていない、身長はそれなりに伸びて、平均よりは高いがそれでも173cm。
鏡の前でポージングをしてみる。筋トレをしよう、と思った。
「陽介~、まだ~?」
僕はポージングをやめて、すぐにジャージを履く。筋トレのためにも今日からご飯の量を少しづつ増やしていこうと思った。いつ千秋に見られていてもいいように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます