……本当に変な事だね

「久しぶりだね、陽介」

 僕は幽霊でも幻影でも、何でもいいからこの時間が続いてくれ、そう思った。

「久しぶり、千秋」

 僕は一生懸命、涙を流さないように我慢した。


「どうして、千秋は自殺したの?」

 僕は目をこすって、いつも通りを心がける。声色も普通を目指した。


 月明りに照らされている千秋の体は、現実に存在しているようだった。しかし、彼女の足は少し透けていて、教室の床にある黒いシミが見える。そのシミはまるで、血をこぼしたように不規則な形をしていて、光を吸い取る闇のような黒さだった。


「私への最初の質問がそれかあ。やっぱり陽介は現実主義者だね。私の自殺に、これと言った理由は無いよ。強いて言えば覚悟が出来ただけ」

 千秋は右手で左肩を搔きながら答える。彼女が右手で左肩を掻くときは嘘を吐く時だ。つまり彼女の自殺にはちゃんとした理由がある。しかし、千秋に聞いても教えてくれないだろう。言いたくないのだろうか。


「千秋は今どうゆう状態なの?」

「私は今、成仏できてない状態なんだよね、現実に未練があるらしくて。でも私自身はなんも悔いないし、その未練が何なのか分からないの」

 千秋は「困ったね」と付け加えながら、苦笑いを浮かべた。


 きっと千秋の自殺の理由が現実に対する未練だろう。僕は窓の位置から教卓へ移動し、教卓から千秋を見た。彼女は上半身だけ動かして僕を目で追った。


「その席から動けないんだ」

「そうなんだよ~。体は動かせるんだけど、椅子の上に固定されてるみたい。私は気が付いた時から、ずっとこのまま。多分、地縛霊になったんだと思う。ちなみに私がこうなって、今日の夜が三回目の夜なんだけど、私が死んでからどのくらい時間経った?」

「……三日」


「そっか、じゃあ私は、死んでからずっとここに居るってことになるわけね。もしかしたら一生このままかもしれない。まあ死んでるから一生を終えてるんだけどね」


 千秋は深くため息を吐いた。千秋の冗談はいつも笑えない。今回のもお世辞にも面白いものとは言えない。しかし、僕は笑顔だった。もう二度と聞けないと思っていた千秋の冗談が聞けているから。


 僕が口角を上げているとその様子に気が付いた千秋もニヤつきながら、僕に指摘する。

「陽介が笑うなんても珍しいね。ついに私の面白さに気が付いたかあ~」

「いやいや、今回のも面白くなかったよ。本当に千秋のセンスには、逆の意味で驚かされる」

「言い過ぎじゃない⁉ 私も一生懸命なんだけど⁉」


 千秋のツッコミの後、僕たちは大口を開けて笑った。久しぶりに声を出して笑った気がした。


「なんかさ陽介と、こんなバカな話をするのも久しぶりだよね」

「そうだね。高校入ってからあんまり話すタイミング無かったから」

「陽介が私の事避けるからでしょ?」

 千秋はまた左肩を右手で掻く。僕は千秋が本気で僕が避けていたと思っていないことを理解した。そしてわざとらしくボケる。


「ええ? 俺のせいなの?」

「えへへ、驚いた?」

 千秋は悪戯が成功した子どもように笑う。僕もそれにつられて笑みがこぼれる。


「中学生に戻ったみたい」

 千秋は笑いながらそんな感想をこぼす。


「……変な事、聞くけど、千秋をこっちの世界に戻すことはできないかな?」

「……ほんとに変な事だね」

 僕は自分でも理に反したことを尋ねていることは分かっていた。しかし、僕はまだその希望を捨てきれずにいた。


「さては陽介、私が居なくなって寂しんでしょ?」

 千秋はそう軽口を叩き、その場を和ませようとする。しかし、僕はその軽口には笑えなかった。むしろ、ショックを受けた。


「……うん。寂しい」


 僕はうつむいて答えた。確かに今の彼女は幽霊かもしれない。それでも、僕の人生に光をくれるのは、いつも彼女なのだ。


「私を生き返らせて、陽介は何をしたいの?」


 先ほどまでとは異なり、千秋は真剣なトーンで聞く。

「僕は……」

 僕にはこの先の言葉が紡げない。


 生前に思いを伝えられなかったのに、幽霊になってから思いを伝えるのは卑怯だと思ったから。千秋へ思いを告げていれば、千秋は自殺しなかったかもしれない。この三日間、僕は自分を責め続けた。

「そんなに深く考えこまれると私も困るよ」

 千秋は僕の様子を見て、苦笑いを浮かべた。

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