エッセイ 2025

維枦八(いろはち)

僕が始まった日



 親のせいで、僕には夢も希望もない。そう思っていた時期があった。

 

「だから、こうしなさいって言ったでしょう」


 頭の中で親の声がした。何をしても失敗は許されない。

 叱られたくない、否定されたくない。

 言われたとおりの道を歩いていれば、たとえ失敗して叱られることはあっても、否定されることはない。だから、この道を歩き続けている。


 ああしなさい、こうしなさい。歪みのない退屈なレールが敷かれていく。楽しそうにいびつなレールを組み合わせている同級生を傍目はために、僕は無言でまっすぐなレールの上を歩き続ける。

 疲れた、つまらない、休みたい。


 誰が学費を出してくれる? 誰が食わせてくれる? 誰が世話をしてくれる?


──親だ。


 だから、親が納得する進路でなければならない。休むな、がんばれ、歩き続けろ。そう言い聞かせる。苦い感情が喉のあたりに広がった。


「このままずっと、死ぬまでこうなのか」 

「今まで本当はどうしたかったのか」

「親以外に進路を相談できる人はいないのか」

「どうして従おうとしているのか」

「今、本当はどうしたいのか」

 

 突然、次々と疑問が浮かんだ。


「過干渉な親から距離を置くにはどうしたらいいのか」


──もしかして。

 

 親に縛られる道を選び、決断していたのは自分ではないのか。

 失敗を恐れ、仕方ないと諦めて、思考を止め、過干渉を受け入れ、自由に選択することを放棄していたのは、自分だったのではないか。

 

 そう考えた瞬間、頭の中で何かが切り替わった。

 親が悪いかどうか、という話ではなかった。

 

 僕は、誰かの決定を「自分の決定」として引き受けていた。決定の線引きが、今まで自分の中で曖昧だっただけなのかもしれない。

 

 この日が人生のターニングポイントになった。

 世界に焦点が合った、あの感覚だけは今でもはっきり覚えている。



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