宝石

 はやる気持ちで夜道を歩き、何度か通った古いビルの一室の呼び鈴を押した。

「やあ、お待ちしてました。出来上がっていますよ」

 男は昼間会ったときと同じ表情で私を出迎えた。

「本当に質の良い眼球です。綺麗に仕上がりました」

 手渡されたそれを、ランプの光に照らしてみる。自分の目に近づけると、黒い虹彩の中がカットされた金剛石みたいに煌めいて、自分の顔が映った。

「まあ、お嬢様に私はこんな風に見えていたのね。老けて見えるけど、でも、優しい顔」

 思わず笑ってしまった。

「気に入っていただけましたか?」

「ええ。とても。ありがとうございます」

 もらったばかりの退職金に、今までの貯金を合わせたものを男に渡した。

 これで思い残すことはあるまい。結婚指輪も持たぬ私の、生涯ただ一つの宝石を胸に抱いて、一人で生きていく夜へ足を踏み出した。

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思い出 瀧 なつ子 @natsuko19

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