第11話 ロシアの空
ノクティス・ドイツ第三帝国の快進撃。それは世界を震撼させる嵐の如き侵攻だったが、滅びゆく大国が放った最後の牙に食い止められることとなる。
ノクティス陸軍は、極東ロシアの要衝ヴィリュチンスク海軍基地を制圧すべく、ベンジナ地区を迂回してカラギンスキー地区へ進出しようとしていた。
氷点下を下回る凍てつく大地。白く霞む視界の先には、爆撃と砲撃で崩れ去った市街地が広がっていた。
道路は瓦礫と戦車の残骸が折り重なり、進路は完全に封鎖されているようにも見えた。
しかし、タイガーの名を継ぐ新鋭兵器『移動要塞キング・タイガー』にとって、瓦礫の山は障害ではない。
全長40メートルを誇る巨体は、無数のキャタピラを噛み合わせながら、瓦礫の山を踏み潰し、雪と泥を巻き上げて突き進んでいく。
「構わん、そのまま進め」
装甲指揮車から通信を送るのは、ノクティス第三帝国陸軍将軍、ハインツ・グデーリアン。
その鋭い眼光は、かつて電撃戦の父と呼ばれた誇りを宿している。
通信士が即座に返答し、鋼鉄の要塞は更に速度を上げた。
だが、次の瞬間——
キング・タイガーが瓦礫に隠されていた地雷を踏み抜き、轟音と共に爆風が巻き起こった。
吹き飛ぶ外装片。雪と土煙が舞う中、キング・タイガーはわずかに傾きながらも前進を続ける。
通常の戦車なら致命傷となる爆発も、200センチの複合装甲は軽く受け止める。
だが、問題は別にあった。
瓦礫の山に乗り上げたキャタピラが雪と氷を噛み損ね、巨体はゆっくりと傾斜。
重心を崩した移動要塞は、その重さに耐え切れずに側面から転覆する。
金属が軋み、雪煙を上げながら横倒しになる巨躯。
「……何て様」
指揮席にいたグデーリアンは、逆さ吊りの姿勢で座席に縛り付けられたまま、両手で顔を覆った。
だが、それも一瞬。
彼は深く息を吸い込み、すぐさま顔を上げる。
「この要塞はそう簡単に沈まん。全兵へ告ぐ。我々はこの体勢のまま戦う。我々が脱出を試みれば、必ず敵はそれを狙ってくる。救援部隊も同様だ。つまり、これは敵の罠。空軍の到着を待ち様子を見る」
この言葉に、転覆した要塞内の兵士達は顔を上げ不敵な笑みを浮かべた。
彼らもまた、戦争のプロフェッショナル。
——その様子を、遠くから双眼鏡で観察している男がいた。
「ククッ……やっぱそう簡単にはいかねぇか。しかし、これは笑える」
ロシア空軍少佐、ウラジミール・ベアード。
その身を包む灰色に染まった軍服は、長年の戦いの証。
何より、極寒の戦場でも決して消えない冷笑が、彼を「北極圏の死神」と呼ばせた理由だった。
数々の戦場を生き延び、戦い続けた伝説のエースパイロット。
かつてSu-57で空の支配者F-22を撃墜した記録を持つ彼は、歴戦のロシア空軍指揮官達を失った現在、残存勢力のまとめ役を担っている。
「ベア少佐!北西から超大型飛空戦艦が接近中!」
伝令が息を切らしながら駆け寄る。
その報告を聞き、ベアードは口の端を吊り上げた。
「待ってたぜ……やってやろうじゃねぇか」
ベアードは双眼鏡を伝令に投げ渡し、固まった身体をほぐすように腕を伸ばした。
雪に覆われた滑走路には、旧世代ながら改修を重ねた数機のSu-57改とMiG-31改が整然と並んでいる。
電子戦装備を強化し、極超音速ミサイルを搭載したロシア空軍最後の牙。
彼はその中央に佇む機体へと足を向ける。
「俺達の空だ。どこの国だろうと、好きにはさせねぇ」
ベアードの声に応じるように、冷たい北風が吹き抜けた。
彼の戦いは、今まさに始まろうとしていた。
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