第3話 不思議な任務



 先ほど感じた『不穏な蠢き』。……これは、その後感じることはなかったが、なんとなく肌にまとわりつくようなじんわりとした不穏さを纏っており、今回の任務の不安を煽る。


 三人はその不穏な蠢きの気配の行方を、各々感覚を研ぎ澄ましながら先を行くも結局何も手がかりは見つからないまま……眞城の先導で暫く歩いていったところで、本部へとたどり着いた。



 本部……そこは魔物討伐任務の指令中枢部の在る場所であり、西は京、東は坂東にその拠点がある。

 高いビル群を抜けた先にひっそりと佇む、平安時代の寝殿造りの建物に日本庭園を携えたこの空間は、周りの現代的な建造物に比べるとそこだけやや異質な存在のようでもある。……建物自体が古いのではない。ここだけ古き日本が続いているような奥ゆかしさを備えつつ、この都会中心部という場所に見合わないような敷地面積を有し、傍からも目立った存在でありながらも関係者以外立ち入ることができない……といった閉鎖的な空間が、人々にそう感じさせるのかもしれない。


 元々この辺り出身の眞城は何度か出入りしたことがあるようだが、備後国から来た朝霞と伊月は初めて踏み入れる場所。どこか荘厳さを秘めたその空間にただただ圧倒されるばかりである。



 ここの門番に氏名と来訪目的を告げて中へ通されると、中の圧倒的な雅で奥ゆかしい趣は、そこだけ平安時代にタイムスリップしたかのような感覚を人に与えるようでもある。だが不思議なことに、使われている素材は新しく、古さを感じさせない独特な何かがある。伊月と朝霞は、そんな景色に圧倒されながらも、先を行く眞城についていく。


「失礼します」


 そう言って扉を開けた眞城に続き、朝霞・伊月もその目的の部屋に入ると、そこではある人物が待っていた。


九郎くろう。遅かったじゃないか」


「すみません、兄さ……本部長。二人に会うのに少々時間がかかってしまいました」


 眞城が『兄』と言いかけた人物……彼こそが、ここの本部長を務める重鎮である。

 この奥ゆかしい雅な雰囲気に反し、手入れの行き届いた真っ黒なスーツは、逆に……異質。そして彼の、まさに獲物を見定めるような鋭い眼光は炯然としており、年のころは二十代中程か……ここの長と言う割には大変若く、彼の放つ殺気は大層厳しそうな印象を与える。言うなれば、マフィアのドンに近しいものがあるかもしれない。


 眞城は親族であるがゆえか先ほどから変わらない素振りを見せるも、ほぼ初対面でその眼差しに捕らえられた朝霞と伊月は思わず身を固くしていた。そんな二人に眞城本部長は冷たく言う。



「迷子か」


「……ハイ」


「下調べしてくるのが当然なのでは」


「 「申し訳ありません」 」


 まぁ、当然と言えば当然である。……が、二人揃って方向音痴故に、本部長の厳しい言葉は中学生の彼らにとって、やや威圧感の大きすぎる一言だろう。


 だけど伊月と朝霞は、それ以上に何か思う所があるかのように緊張感を高めてここに臨む。先ほどから様子の変わらない眞城と、緊張感を露にする朝霞と伊月は、どことなく対照的な様子でもあり、空気がピンと張り詰める。


「……」


「……」


「……まぁ、いい。今回の任務を言う」


 低く響く本部長のその声は、恐らく人に警戒心を与える類のものだろう。彼は三人を一瞥すると、その低く威圧的な声で続ける。



「改めて。私の名は眞城ましろ三郎さぶろう。ここの本部長を務める」



 その名を聞き、朝霞と伊月はぴくりと反応する。……朝霞は、ひゅっ、と息をのんだ後居住まいを直してまっすぐに本部長を見据え、伊月は硬い表情をさらに硬くして目を見張る。


『三郎』……彼もいわば、二人にとっては。前世における重要な戦の勝者と敗者—————そして、伊月と朝霞にとっては、彼の存在は神経を逆なでするものと言っても過言では無い。


 ……だが、時は現代、今の彼は任務における上官という立場。眞城本部長はそんな二人の反応を想定していたかのようでもあり、鋭い眼差しを向けたまま今回の任務内容を告げる。



「今回の任務は……いつもとはやや様子が異なる」


「……どう異なるのですか」


 本部長に受け答えするのは実弟である眞城……九郎。彼は凛とした表情のまま、兄を見る。


「わからない。……だが、何か……が感じられる」


「……不穏な、蠢き」


「その魔物が出現した際に、人や物が消えるといった事例が確認されている」


「……!」


 不穏な蠢き。先ほど駅の構内で感じたものと関連があるのかもしれない。だがそれ以上に『人が消える』などという非現実的な事象の衝撃は大きい。

 はっとする眞城の横で、思わず伊月が口を開く。


「………人が、消える……?」


 困惑した表情の伊月に、本部長は話を続ける。


「神に匹敵する程の力を得た魔物が、周りの空間や磁場を歪めている————恐らくそれが人や物を吸い込んでいるのだろう」


「……SFか何かですか」


「大まじめだ」


「……」


 本部長はぴしゃりと言うが、伊月とて大まじめである。なぜなら磁場がゆがむなんて話も、誰も聞いたことがない。現に眞城も朝霞も疑問の拭えない表情で本部長を見ているが、人が消えているというのは事実であり、本部長が言うように「大まじめ」な話なのだ。


「つまり……今回の任務は、その魔物を討伐し磁場の歪みを元通りにするということでしょうか」


「そうだ。あわよくばその原因も突き詰めたい」


 ……かなり、難しい話である。

 魔物の実態もわからなければ、人が消えるというのも、恐ろしい話だ。

 しかし、人々を脅かす魔物を討つのは、彼らの使命でもある。

 三人は、それぞれ刀をかすかに握った。


「わかっているのは、ピンポイントで魔物が出現する、その場所だけだ」


「その場所……というのは」


 本部長は一度言葉を切る。

 その様子はやや意味深でもあるが、続いてその口から出た言葉は、堅苦しい本部長が生涯一度も発せられたことはないのでは……という言葉でもあり……


「場所は秋葉原……メイドカフェ」



「 「 「めいどかふぇ???」 」 」



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