第22話 セドは順番がおかしい


「絶対順番がおかしいと思うんだけど」


 久しぶりに帰ってきた神殿で、俺はルミに愚痴を言っていた。ルミはクッキーを口に運ぶ手を止めて、思い出したように口を開く。


「それ、リグルさんも言ってたよ。俺の方が先にセドに会ったのに、何でラグとそんなに仲がいいのかって」


「それはおかしくない」


「あはははは」


「俺がおかしいって言ってるのは、俺の方が前から一緒にいてってセドに言ってたのに、アイツがセドと一緒にいるって先に約束してもらってること!」


「へぇ、そんな約束してるんだ」


 ルミの返事はどこか適当で、さらに言い切れない気持ちになってくる。ソファでジタバタしていると、クッキーがこぼれるから地震やめてとルミに頭を押さえつけられた。


「なんでそんな冷たいの……?」


 ルミの反応がやけに淡々としていて且つ中身がないので首を傾げる。


「いや、なんか、娘に彼氏の相談されてるみたいだなって思って」


「せめて俺は息子だと思う」


 胡乱げな目でルミに苦言を呈すと、ルミは苦笑いして、俺の頭を撫でた。子供扱いされているような気がして、なんとなく払いのけてしまう。ルミは怒ることなく、微笑ましげに俺を見た。


「ラグは大きくなったね。頭を撫でるのも膝枕するのも嫌がるようになったし、着替えも食事も一人でするようになった」


 別に、そこまで変わった気はしない。セドにはもう呆れられたくなくて見栄を張ると、ルミにわざわざあれこれ言うのもカッコ悪く思えてくるだけだ。


「………ラグは、もう思春期なんだと思うよ。だからこそどこまで言っていいのか分からないし、私は、リグルさんの事情も聞いたからね」


「そんなの知らないもん」


「知らなくてもあるものは仕方ないじゃないか。私、幼馴染に報われてほしい派なんだよね」


「なんで?」


「時間が関係を保証してくれる方が、ずっと簡単で楽だからだよ…………そんなことないって、ラグを見てても重々承知なんだけどさ」


 ルミの周りを見ると大抵は新しく来たものに掻っ攫われている気がする。ルミだってセドやニージュと会ったのは紫色のやつよりずっと後だった筈だ。

 よく分からなくて黙っていると、気を取り直すようにルミは伸びをした。


「まぁ、ラグもいつだって味方がいるとは思わないことだよ」


「ルミがセドみたいなこと言ってる……」


 ルミがそろそろ聖女としての仕事に戻ろうかというときだった。コンコンコンコンと力強くはなくとも芯のあるノックが部屋に響いた。

 何か客人でも来るのかとルミの顔を伺えば、さぁ、とでも言いたげに肩をすくめられる。どうやら予定はないらしい。

 どうぞとルミが外向きの声で返事をすると、静かに扉が開かれた。


「失礼します。セドリックです。ラグのことで話があるんですけど……」


「俺のこと?」


「あ、そう言えばここって貴方の部屋でしたっけ」


「そうだよ。ここ一応ラグの部屋なんだよね。で、話って何?」


 今気づいたとでも言わんばかりにセドが小さく目を見開く。俺に無頓着すぎないかとセドに文句を言おうかと思ったが、それより先にルミが話を続けた。ルミに促されて、セドは一つ頷く。

 

「少しの間リグルと海外に行こうかと思いまして。その間はラグの預かりをお断りしてもいいですか?」


「は?」


「おおー?」


 セドは頬をかきながら、ちらりと視線をルミに向ける。こんな風に自然な姿を見せるのは今までではきっとありえないことだろう。ルミはそれへの感嘆と提案されたことへの驚きで声を上げ、俺は単純にソイツの名前がでたことで機嫌が悪くなった。

 気不味いのか、そわそわしているのか、よそ見の多いセドの頭を捕まえてこっちを向かせる。セドは眉間にきゅっとしわを寄せた。面倒くさい、と言われている気がする。


「なんで俺を置いてくの?」


 セドは眉間のシワをほぐしてから口を開いた。


「だって貴方とリグルは仲良くできそうにないでしょう? それに、リグルと話したいことだって色々あるんですよ」


「……………やだ」


「やだって……そうアンタに言われても困ることしかできないんですけど」


 セドは本当に困ったように俺から明後日の方向に視線を向けた。おそらくルミとアイコンタクトを取っているのだろう。ルミにぽんぽんと肩を叩かれる。


「ラグ、セドを困らせちゃダメだ。わがままばかり言っているのはカッコ悪いよ」


「カッコ悪い……?」


「そう、いい加減セドに愛想尽かされちゃうんじゃないの?」


 いつもどこかからかうような含みのあるルミに本気で呆れたように言われると、本当にそうである気がしてくる。セドを伺うも首を横に振られてしまい、俺はそっと手を離して一歩下がった。


「いい加減ってどういうこと?」


「さぁ、それは今日の仕事が終わった後にでも話そうかな」

 

 問い詰めたい気持ちになったが、そうさせる間もなくルミはセドに向き直る。


「それと、セドの言ったことは了解したよ。私たちの方も落ち着いてきたしね。今までありがとう。ぜひリグルさんと海外を楽しんでおいで」


「ありがとうございます。きちんとお土産は買ってきますからね」


「楽しみにしてるよ」


 じゃあそろそろ行かないと流石に不味いから、と小さく手を振りながらルミは部屋から出ていった。セドと2人で取り残されて、どことなく気不味い空気が流れ出す。

 座りましょうかとセドに促されて、俺たちは隣り合うようにソファに座った。ソファに寄りかかりながらセドを横目で見ると、セドはこちらを覗き込むようにして目が合った途端に微笑んだ。


「もしかして拗ねてますか?」


「……衝撃を受けてる」


「はは、何ですかそれ? …………そうそう、貴方には別の用もあったんですよ」


 少し待ってくださいねと言ってセドは収納魔法を展開し、その中を覗き込む。取り出されたのはあのときセドに預けたトカゲだった。もちもちとした身体と締まりのない顔で、なんだかこちらまで気が抜けてくる。


「これ、預かったままにしてました。暇ならソイツに甘えてください」


「えぇ……」


 買ったときと同じようにぐいとトカゲを押しつけられて、俺はそうじゃないという気持ちになった。もしかしてセドに似てるって言ったことをまだ根に持っているのだろうか。

 手持ち無沙汰で、ぎゅっとトカゲの頬を摘んだり足を伸ばしたりしていると、額を指で弾かれた。


「こら、あまり弄りすぎると元の形に戻らなくなりますよ」


「はぁい」


「では、僕はそろそろ準備をしなくてはなので。ラグにもお土産買いますから、楽しみにしててください」


「………」


 セドに行って欲しくなくて返事をしない俺に、セドは仕方がないという風に笑ってくしゃりと頭を撫でた。そんな風にされるとますます離れたくなくなってきてその手を掴む。


「ねぇ、今度は俺と出かけてよ」


「今まで結構貴方と出かけてたと思いますけど……」


「それとは違うじゃん」


「……よくわかりませんけど、まぁ、約束です。次はどこか二人で行きましょう」


「うん」


 離してください。と言われて、俺は正直に手を離す。セドは緩く手を振って部屋から出ていった。その背を見るとまた引き留めたくなるが、それをぎゅっとこらえた。



 

 セドもルミもいなくなって、俺は暇になった。いつも通り本を読もうかとも思ったけど、それには集中できなくて、なんとなくトカゲをいじっていた。

 いつの間にか日が傾いていて、ノックもなしにルミがやってきた。ルミは堂々と真正面に座って頬杖つく。


「寂しそうだね。……ラグは私がいても寂しい?」


「…………」


 セドがいないこと。きっと初めはそれが寂しかった。ルミは俺にとってそういうのじゃなくて、俺と同じところにいるのはセドしかいないと思っていた。

 でも、今はどうなんだろうか。


「聞いたよ。私のこと神様扱いしてるんだってね。昔の私はちょっと怖かったのかな」


「………聖女。久しぶりにこっち来てよ」


「あはは、本格的に寂しいみたい」


 昔みたいにルミは隣に座って、膝の上に俺の頭を押し倒した。少し雑なその動きが妙に懐かしかった。


「私ね、寂しいって君に言ったよね。初めて会ったっていうのに、いきなりそんなこと言われてビックリしたでしょ? あのときだってニージュやセドは一緒にいてくれたのに、私はうまくそのことが受け入れられなかった。私は、私のことを受け入れられなかったからね。私と一緒にいてくれる人がいることを受け入れられなかったんだ」


 ルミは指先で俺の髪を梳きながら、懐かしむようにそう語った。伏せられた目には昔のような冷たい空気は流れない。


「セドも、そうだったんだと思うよ。そういうところが似てたから、私はセドに惹かれたのかもしれないな。………ラグはどうして寂しいの?」

 

「俺は、俺の仲間がいないから、寂しいんだって思ってた」


「うん」


「セドだけは俺と同じ気がして、だから俺は寂しくない気がして………でも、セドだってちゃんと人間で、友達もいるし、大事にしたいやつがいて」


 どうでもいいと思っていたのはきっと俺も同じで。一人だってことを知りながらそれを何とも思っていなかった。それがセドに崩されたんだ。無関心がセドから人間味を奪って、そのいびつな空気が俺を惹きつけていた。

 でもセドは変わった。過去の色々に自分で終止符を打って、柔らかい空気を纏うようになった。ルミもニージュもそうだ。

 今は俺以外にもドラゴンがいるし、ニージュとも甘味を食べたりするし、本当に俺は一人じゃないってことなんじゃないかって疑ってる。


「ねぇ、ルミ。俺はさ、セドと二人ぼっちだって思ってたんだ。でも、セドの周りにも人がいて、俺の周りもきっとそうで。……だから、多分もう、セドがいなくなったら全部寂しいってわけじゃない」


「…………」


「多分俺は寂しいっていうか、ヤキモチ?やいてるのかも。俺だけがセドの特別だって、思ってたから」


 ルミはただ俺を見た。俺もルミを見返し、気づけば二人して笑っていた。


「ありがとう、ルミ、俺の友達になってくれて」


「こちらこそ。私を受け入れてくれてありがとう」


 セドがいなくなったからって俺はもう一人ぼっちじゃないって分かってるけど、一緒にいてくれないときっと退屈だと思うんだ。世の中にはたくさんの人がいる。どこが飛んでる聖女、なよなよしい王子、ロクデナシのドラゴン。……別に悪いところばかりでもないんだけど、変なやつで……面白い。

 でも、セドはやっぱり俺の中で特別で、セドのなかでもそういう特別でいたいと思ってしまう。


「俺が幸せだって言ったら、一人じゃないって言ったら、セドは、いなくなっちゃうのかな?」


「あはは、それがずっと心配だったの? 今のセドなら、話したら分かってくれるんじゃないかな」


 最近君はウザがられてるみたいだけどね、と、からかうようにルミが笑った。

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