第21話 ラグは納得がいかない



「たった数百年ぽっちの歴史に何があるって言うの?」


 そう言うとセドリックは僅かに目を見開いた。そして探るように少し眉を寄せて俺を見つめる。


「俺が寂しくないように国を残すと言った王の国は三千年後には子孫が欲に溺れて滅んだし、俺に忘れられないように曲で名を残すと言った男の歌はどこかの民謡になって作者不明だ」


 他にもこんなことはたくさんあった。

 

「結局は何も残らない。たった数百年の違い、何があるっていうの?」


 百年経てば人の言葉は変わるし、いくつか国もなくなる。途絶えた貴族なんて吐いて捨てるほどいる。セドリックの言う価値は、価値としては小さ過ぎると俺は思った。

 セドリックは黙り込んだまま、どこか呆れたような顔をしていた。もしかしたら何千年何百年の話をする俺が信じがたかったのかもしれない。


「それでも価値がないと思うなら、俺の価値になってよ」


「……は?」


「俺はリグル。俺をセドリックのトモダチにして」


 人間向きの笑顔を浮かべて手を差し出す。

 そのときのセドリックの僅かな目の輝きと、恐る恐る俺の手を取るいじらしさにどうしようもなく好きになってしまったのは、俺がドラゴンだからなんだと思た。

 自嘲の笑みが口から溢れて、セドリックが驚きに肩を揺らす。

 こうやって人に惹かれては勝手に傷ついて、ドラゴンは滅んだ。平気な顔してる俺もそうなるって気づいてたはずなのに、セドリックを手放したくなかった。

 ドラゴンの見守るなんてスタンスを止めて、セドリックを連れ出して逃げてみたかったんだ。

 

 まぁ、あれこれ思いだしたけどさ、結局俺は要らなかったわけだ。その点については不満はない。必ず誰かの特別になれるものでもないんだし。

 セドリックと死ぬのかなって思ってたけど、息子に殺されるのも悪くない。人間しかいない世界なんだから、この程度の強さでも生き残れるだろう。

 それっぽくダメージを負って、俺は屋根の上に倒れた。ドクドクと血が流れ出して、本気で死にそうだなと思う。

 仕方がないかな。俺が、未熟だっただけ。この反省を生かすことはもうないけどね。



  ✴ ✴ ✴ 



「虫の息ってやつですか?」


 屋根の上で倒れているリグルに歩みよって、そこに座り込む。リグルは僅かにこちらを向いた。


「ねぇ、もう少し待つことは出来なかったんです?」


「無理だよ。俺も息子のこと嫌いだったし、いつか殺し合いになるとは思ってたから」


「じゃあそれを教えてくださいよ。俺、別にリグルと死んでもいいって思ってたんですよ」


 まぁ、今もいいんですけどね。と、懐から取り出した小瓶を振る。これが何かリグルは知っているはずだ。手配する手伝いをしてもらったのだから。


「流石にもう、その毒を口移しなんて無理だよ」


「それは残念。じゃあ僕は死にませんね」


「ふふ、セドリックは意外にもロマンチストだよね」


 こんなときだというのに無理くりにリグルは笑う。そのスカした態度が癪に障ると同時に、泣きたくなるほど嬉しかった。

 ずっと僕はわかってなかった。こんなに大切にされてたのに、何が価値かなんて気にする必要はなかったってことを。いや、違うな。その人たちに負い目を感じて、価値に押しつぶされそうになるってことが1番失礼だったってこと。かな。だって、その人たちはきっと、僕に価値を感じていたんだと思うから。

 どこか傍観者みたいな気分で物語がようやく終わったなんて言ったって、僕はその人たちと生きる者同士として会っている。嫌い、好き、信頼しあっている。

 価値とか以前に僕もリグルも存在するものだったのだ。

 ドクドクと流れている血が僕の膝に染み込む。ペタリとした感覚に寒い神殿を思いだす。覗き込まれたリグルはやっぱりたどたどしく笑った。


「ありがとう、セドリック」


「…………」


「君は最高のトモダチだよ。誰も俺のことは看取ってくれなかったから。……これで、もう寂しくないな」


 いつも平気な顔をして昔の話をしていたリグルだってきっと寂しかったのだろう。そんな風に笑われるとどうしようもなく眉間にしわがよる。


「…………最低です」


「……ふ、ごめんね?」


「だから、僕も最低だっていい」


 俺は立ち上がって、リグルを見下ろした。リグルは驚いたように俺を見つめ返す。


「ルミさん、治してしまってください」


「はーい」


 物陰で待機していたルミエールが颯爽と現れて、リグルの側にしゃがみ込む。


「ごめん。聖女の力使うね。なんか、セドには君が未だいるみたいだから」


 淡い光がリグルの傷を治していく。聖女の力はやはり凄まじい。


「セドを悲しませようとするなら、治すよ? 内臓ぶちまけてても、首の皮1枚だろうと、生かす。死なせはしない。だって私の友達が悲しむから。……ね、覚悟してくださいね」


「はは、すごいな……今代の聖女は」


「お褒めに預かり光栄です」


 ルミエールがにこりと笑う。とてつもなく怒っている笑顔だった。少々表現が怖いと思うが、味方だと思うとこの上なく心強い。

 笑顔で圧をかけるルミエールの迫力と、ドラゴンなのに引き気味のリグルがおかしくて、笑ってしまいそうだった。それをこらえてすっかり治されてしまったリグルに向き直る。


「ごめんなさい。でも、俺、もっとあなたといたいです。何がしたいのか分からないけど、でも、あなたにいてほしい」


 全て終わったと、もう死んでも問題ないかと思っていた。でも終わるには僕とリグルは何もしていないんじゃないだろうか。


「それに、約束、忘れたんですか? 海とか外国とか、連れて行ってくれるって言いましたよね?」


「あはは……覚えてたんだ? てっきり興味がないのかと思ってた」


「思い込みですね。俺、あなたのこと意外と好きみたいなので、忘れられないんですよ。……相手の思ってることなんて簡単には知れないんだから、僕らはちゃんと話しあいましょう? リグルのこともっと聞いてみたいです。ちゃんと看取るので、もう少し生きてくれませんか?」


 全てを黙って聞いて、リグルは立ち上がった。ルミエールの聖女の力でも、失った血は戻ろないので少しふらつくのだろう。支えようと近づいたところで、背に腕を回された。今までになくしっかりとした力強さがあり、いきなりのスキンシップに少し戸惑う。


「ズルいよ、セドリック。もう少し、生きてほしいなんて、ずっと、セドリックと会ってから俺が思ってたことなのに……!」


 生ぬるい水滴が首元を伝う。ドラゴンもちゃんと泣けるらしい。にしても、俺、そんなに死にそうだったんだろうか。

 そう思いつつも、腕を背に回し、抱きしめ返す。薄くなった死の香りの隙間から春が香り出していた。


「俺はもう少し、もう少しだけ、って思ってたんだよ。それをお前がさぁ……!」


「すみません。でも、俺、思っちゃったので。未だしたいことがあるって」


「俺はずっと怖かったんだよ。もう少し、もう少しって思ううちに、セドリックが死ぬんじゃないかって」


「流石に貴方のことはちゃんと見送ってあげますって」


「あと、アイツなんなの。あのムカつくヤツ。俺が産んだけどさ、アイツ甘やかしすぎじゃない? 俺の方が先にセドリックに会ったんだよ? なんで俺じゃダメだったの?」


「ダメってどういう? ……いや、アンタ可愛げがないんですよ。俺がいなくても飄々と生きてそうだったし、一緒に死ぬならそれまでじゃないですか」


「何千年も生きてるやつに可愛げなんてないよごめんね! てか、紫色の聖女候補に殺されることに何とも思ってなかったじゃん!」


「いや……さっきも言ったけど、アンタ可愛げがないんですよ。俺はアンタに共感できないだけです! 人間らしい方が良いというか……親近感あって……」


「あーー! なんなんだよ!」


「ちょっと! うるさすぎますよ!」


 この距離感でありえない声量に、思わずリグルを突き飛ばす。リグルは釈然としない顔でジトッとこちらを見た。こうして見るとリグルも大分人間らしくなった気がする。

 

「ふっ」


「え? なんで笑ったの?」


 信じられないというように目を見開くリグルに脈を差し出して笑いかける。これからは顔が死にそうだと思ったので。


「僕、わかってなかったんです。リグルが俺のこと、大事に思ってくれてるって。リグルは長生きだから、たくさんの人と会ってるから、俺のこと、大して特別に思ってないだろうって。勝手に思い込んでた。神様がちょっかいかけたみたいな、雨が思ったとおりに降ったみたいな、そんな感じで声をかけられたと思った。トモダチなんて、ただの戯れだと思ってたんです…………すみません」


「…………そんなの、知らないよ」


「だから話そうって言ったでしょ? 僕たち、まだ知らないことだらけなので」


「……そうだね。話そうか」


 少し疲れたようにリグルが笑う。しょうがないとでも言いたげなその笑顔は、昔、僕が飽きるほど見ていたものだった。

 後ろからわざとらしく足音が聞こえてきて、俺とリグルは振り返る。


「丸く収まったみたいだね、お二人さん」


「……なんでなおしちゃったの? ルミ」


「ルミさん、ラグ」


 ルミエールがにこにこと嬉しそうに、ラグが不機嫌そうにそれぞれ並んで立っていた。


「ちょっとセド、私のこと忘れてないかい?」


「いや、ルミさんはともかくなんでラグがいるんですか」


「暇だったし」


「………アンタ人殺しかけたんですよ?」


「ソイツもドラゴンでしょ?」


「…………」


 寄りかかってくるセドにかける言葉がなくて額を指で弾く。「いたい」と心のこもっていない声で返されて気が抜ける。と、同時に危機感も抱いた。全くリグルは余計なことを教えてくれたと思う。人間じゃなくても殺めたら器物損壊罪なのに。

 「セドは話を聞かない」だの、「なんでわかってくれないの」だの、何様だって互いに思いながら三人でやいのやいの言い合っていると、ルミエールがクスリと笑った。

 その途端にルミエールに恐怖を覚えているらしい二人がびくりと震える。本当に聖女様はおっかない。


「どうしたんですか?」


「あはは、おかしいと思ってさ。仲直りができるって、おとなになってからでも学べることなんだね」


「僕たちずっと幼稚でしたからね」


 そう言えばルミエールとも仲直りしたという表現が正しいのだろうか。こんなふうに、ラグとリグルもどうにか互いの存在を容認できるレベルにはなってほしいが……


「そう言えばセドはどっちが本命なの?」


「え? 何ですか、その言い方……。まぁ、ラグは貴女から預かってるだけですからね。僕のメインのペットはリグルになるんじゃないですか?」


「いやいやいや、私がもうそのままセドに引き取ってもらうかもしれないじゃんか」


「お断りです。一文官が聖女様からドラゴンを預かるなんて恐れ多い」


「え? セドリックは俺のことペットにするつもりなの?」


「だって、人間扱いすると色々めんどくさいですよ。ドラゴン法を廃止するまでは法律上はペットではないので、気をつけてくださいね」


「じゃあ俺はどうなんの? セド!」


「おーい! お前らなんでそんなとこにいるんだよ! さっさと降りてこい!」


 王子殿下が下から叫んでいる。それに分かりやすくラグが文句を言って、ルミエールが逆にこっちに来いと誘っている。人間は仲がいいねとリグルはどこか引き気味で、アンタもそこに加わるんですよと俺が言えば、笑ってるのかよくわからない顔をした。

 今日は言い合ってばかりだったけど、妙に暖かくて、楽しくて。僕はこの日を一生忘れないんだと思う。

 俺はリグルの袖を引いて、耳打ちをした。

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