第9話 セドは運命に歩み寄れない
今日も昨日と同様自力で着替える。今日は水をかけるなと聖女に言ったら、にっこりと笑ったまま首を傾げられた。誤魔化したいのか、本当に記憶にないのか、よく分からないのが聖女の怖いところである。
怖かったので言及は避けて、そそくさと着替えた。聖女、一晩たっても全然不機嫌だ。
「ひとりでの外出は初めてだけど、何度も行ったから道は覚えているよね。頑張っておいで」
「うん」
聖女に手を振られて、俺は神殿から出た。そして噴水のあるセントラル広場へと続く通りを真っすぐ歩く。一人でいるとどこか知らないところに来たみたいで、ふわふわとした心地になる。自分の体の丈夫さを知っていても、風か何かで飛んでってしまうんじゃないかと思うくらいだ。
いつもはセドや聖女が俺が飛んでかないように捕まえてるんじゃないかってくらい。でも、多分俺は頑張れば風がなくても飛べるから大丈夫なんだろうな。
じゃわじゃわと噴水の音が聞こえてくる。
石畳をカツカツと鳴らして急ぐ。噴水の周りを探そうとしたところで丁度三回目の鐘が鳴った。そして、物陰からセドが現れる。噴水の反対側にいたらしい。
俺を見るなり、セドは深くため息を吐いた。そして俺の手を取ってそっと握りしめながら、やっと顔を上げて呆れた目で俺を見た。
それから何も言わないで動きもしないので、だんだんと不安になってくる。もしかして遅かったのだろうか。さっきの鐘が何回目のものなのか、急に分からなくなってきた。
俺がおろおろしていることに気づいたのか、セドは一瞬きゅっと眉を寄せて、口元を緩めた。
「心配して損しました」
「え?」
「いろいろ考えたんですよ。はしゃいで早く来てしまうかもしれない、約束をきっちり守るかもしれない、寝坊してしまうかもしれない、貴方、どれもあり得そうだったから。…………存外真面目なんですね」
セドはフッと鼻で笑うと背を向けて歩き出す。置いていかれているわけではないけど、待ってほしいと思った。
「俺、いい子なんだけど」
「あーはいはいそうですね」
少しジトッとした目でセドが聞き流すのを見て、俺はふと気がついた。少し急いで並び立ち、そっとセドの顔を覗き込む。
「セド、どれくらい待ってたの? 俺、実は遅かった?」
教えてほしい。そう思ってじっと瞳を見つめればセドは口元を小さく緩めた。
「別に気にしなくていいですよ。時間が守れるならそれが一番ですし。長い事待つよりも、貴方を野放しにするほうが危ないですから」
「俺、いい子だよ」
念を押す俺にセドは困ったように眉を下げて、少し俺の手を強く握り直す。
「それは今日分かりました。でも、面倒くさいです。次からはずっと迎えに行きますから」
「じゃあ俺が迎えに行く」
「はいはい、いつかね」
言い聞かせるような口調にムッとして俺もセドの手を強く握った。そうするとセドはぱっと目を見開いてからきゅっと笑う。心のこもっていなさそうな返事の最中に、すっと一瞬預けられたセドの重みが、そのまま期待の大きさなんだって気づいた。セド自体が軽いからそんなに重くはならないんだけど、不思議な力強さがあって、敵わないなって思ったんだ。
服屋が並ぶ通りを歩く。まだ暑いというのに秋物の服が売られていて、変な感じがした。それをセドに言うと、他の生き物だって冬眠の準備を冬になってからしないでしょって言われて、確かにって思う。そして頷こうとするうちに、ぐいと手を引かれた。
「ここにしましょうか」
セドが視線を向けているのは薄暗い店で、服やズボンや帽子とか身につけるものの類がぎゅうぎゅうに置かれて狭そうだった。どこかお化けのいる森みたいな風格がある。
「あっちがいい」
「こら、そういうことは店の前で言うもんじゃありません。それに、そちらは子供用の店ですから貴方が身につけられるものはないですよ」
「はーい……」
俺がおとなしく身体をお化け屋敷みたいな方に向けると、セドは口をきゅっと閉じて俺の額を指で弾いた。俺はさっと額を押さえてセドを覗き込む。
「え? なんで?」
「俺だって一応気にしてるんです。貴方、神殿に住んでいる身だから下手な衣類選べないんですよ。質が悪すぎても良すぎても批判のタネです。……ここはね、運命の店と呼ばれています。なんでも偶然探しているものが見つかるそうで、貴族にも平民にも利用されているようですよ」
「そりゃ、探してるんだから見つかるだろ」
「……そうですね」
セドはきゅっと口をつぐみ、何故か呆れた目で俺を見る。そしてトボトボと店内に入っていった。俺もそれについていく。
あたりをキョロキョロと見回していると、視線が吸い寄せられたのはある木箱。箱の中にこれまたズボンから手ぬぐいから靴下からコートまで、ぐちゃぐちゃに入っている。その上に少し埋もれるようにして四角い小瓶が置かれていた。
「なんだこれ」
服屋なのにどうしてこんな物があるのかと思って、小瓶を手に取る。後ろから何かあったのかとそっとセドがこちらを覗いていた。
「〘人魚の
セドなら何か知っているかと思って振り返ると、眉間にしわを寄せて明らかに顔をしかめていた。そして何食わぬ顔で宙を見ている店主の顔を伺ってから、口を開く。
「昔流行っていた浮気道具の一つですよ。傷、黒子、痣、皮膚上のあらゆるものを隠せるのでよく利用されていたんです。ただの便利な化粧道具だったはずが、浮気や感染症の隠蔽に使われて大変なことになりました。なんでも、童話のモデルとなった人魚姫が足に残る鱗を隠すために使っていたことからその名前がついたそうです」
「人魚ぉ?」
あまりの胡散臭さに思わずきゅっと顔にしわが寄る俺に、セドは苦笑いする。
「正直ただの売り文句だと思いますけどね。にしたって人魚がいずれ泡になるように、これを使って隠し事をした人はあまりいい目に遭っていません。バレるか、いずれ自ら命を絶ってしまうようですよ」
「こわ……呪われてるじゃん」
「それをここで見つけた貴方も終わってますよ。言ったでしょ、ここは運命の店だって。偶然探しているものが見つかる店だと。鱗を隠すものを探している貴方がこれを見つけるなんて特大のフラグじゃないですか」
なるほど。ただ欲しいものが見つかる程度なら品揃えが良いんだという話で済む。しかし、それが衣類でなく、しかも普段は売られていないものだというのは異常だった。
「店主、これ売り物なんですか?」
セドが問いかけると店主はのそりと身体をこちらに向けた。
「あるものは売るようにしているよ。それはこれくらいだな」
しわわがれたカラスのような声で鳴いた後、店主は掌を掲げて見せた。いや、五本の指を立てているのだろうか。セドが小さく舌打ちをする。
「貴方、それいるんですか?」
どこか険しい顔でセドが俺を見あげて問った。ふと小瓶を見下ろし、中の白いものを覗き込む。貼られた紙に文字が羅列していて言い訳くさかった。
これ、いるんだろうか。
「いらない。それよりやっぱりあっちの店で何か買ってよ」
どう考えてもいらない。なんだか気持ち悪いし、内容的にも状況的にももう関わりたくない。俺は小瓶を木箱の奥の方に埋めた。
セドはなんだか少しほっとした顔をしつつも、買わないなら買わないで思うところがあるみたいだった。
そんな神妙な顔に対して店主はニッカリと笑う。
「別に買わなくてもいいさ、皆が皆変なものを見つけては買っていくものだから不気味に思ってたくらいだ」
「いや、そういうんじゃないんですが……」
「買わなかったのなら大丈夫だろう。物語はできるかできないかではなく、やったかやっていないかで分岐するのだから」
「こわ……」
思わず俺がこぼした声がセドの視線をさらって、呆れたような顔が向けられる。むしろ苦虫でもかみしめていそうだった。徐にセドが近づいてきて額を指で弾く。
「この考えなし。そんなとこばっか聖女様に似なくていいんですよ」
「別に俺と聖女似てないし」
「はいはい、とにかくなんでも口にしないでください。気が抜けます。……とにかく首巻きか何かはここで買いますよ。部屋だけの分ならあっちの店で買ってあげますから」
「はーい」
俺とセドが話し終わったところで後ろからがたっと椅子の揺れる音がした。見ると店主が立ち上がっている。
「話からしてその首元の鱗を隠したいんだろう? ならば元から襟が首を覆うようなものはどうだい。暑いのにマフラーなんてしてたら怪しいだろう」
「……そうですね。案内してもらってもよろしいでしょうか?」
「ああ、そのつもりで立ったのさ」
店主はにやりと笑って重たそうに足を動かす。セドはじっとその様子を見ていた。
「あのタンスの中に掛けてあったかな、それとも畳んでおいたか……」
「結構杜撰ですね」
「そんなこと店のなりを見てたら分かるだろうが。客が皆勝手に見つけてしまうからなぁ、忘れやすいんだよ。まぁ探しゃあみつかるさ」
「俺もいろいろ覚えてるんだけどな、聖女だかがやっちゃうから……」
「貴方は文句言ってんじゃねぇですよ」
しばらく立ち止まったていた店主だが、棚を漁った途端に見つけたらしい。首に沿った形で襟が広がった服をセドにつき出した。
「もう2着ありませんか?」
「ん〜? それはもう少し待て。サイズは確かめなくていいのか?」
セドは受け取った服を見て、それから俺を見てコクリと頷いた。
「大丈夫でしょう。合わなかったら合わなかったで聖女様がどうにかするでしょうし」
「そうかい。聖女様、聖女様たぁ、俺はすごい客を相手にしているみたいだな。ほら、見つかったぞ。微妙に色は違うが問題ないだろう」
「別に僕は大した者ではないです。探してくださりありがとうございます。代金はいくらですか」
背を向けたまま店主は2着新しくセドに渡し、尋ねたらセドに2つの指を上げた。
「一つで?」
「いや、全部でだよ」
「分かりました」
セドは何枚かの硬貨を渡し、店主はそれを確認した。店主が確かめたのを見てセドは店から出ようと背を向ける。俺が戸を開けたとき、店主はセドのことをワシのような目で見、ゆっくりと口を開いた。
「鱗の兄ちゃんはともかく、眼鏡の兄ちゃんは何も見つけなかったのかい?」
セドは問いかけられ終えて初めて振り返り、俺に背を向けた。
「なんでか知りませんが、俺からは運命に歩み寄ることができないんですよね」
「そうかい、なら是非またうちに来てほしいものだ」
「気が向けば。また」
セドは俺の隣に歩み寄ると、いつもの仏頂面で言った。
「帰りましょうか」
うん。と頷きそうになって、俺はそれをこらえる。
「あっちの店で何か買ってくれるんじゃなかったの?」
誤魔化されなかったか、と、セドがきゅっと眉を寄せる。嫌そうな割には、笑い出しそうな顔だった。
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