俺を人間兵器扱いしてくる文官は悪役令嬢の友達だった

@4692momoi

第1話 ソイツは意外にも口が悪かった


 

 聖女もいなくて暇な木曜日。俺はダラダラと本を読んでいた。ソファのクッションが体に馴染んで眠たくなってきた頃、ソイツはやってきた。ドアの開く音がして思わずバタリと本を閉じて起き上がる。


「よっ人間兵器、仕事の時間ですよ」


 サラサラとした髪は切り揃えられており、眼鏡もかけていて真面目そうな見た目だ。なのにソイツは軽くそう言い、ひらひらと分厚い紙束を掲げて見せた。

 暫くじっとソイツを見ていたが、動かされる紙束に視線が寄っていく。それに気づいたのか、ソイツは紙束を右にやったり左にやったりしてなんだか疲れたような目で俺を見た。


「それ、なぁに?」


「先程言ったでしょ、貴方の仕事に使うものです」


「仕事ヤダ」


「はいはい、やさしー聖女様は居ないんですからおとなしく働いてもらいますよ」


 ソイツは俺が座っていたソファの前にある机に紙束を置いた。覗いてみるとそこにはびっしりと文字が書かれている。鉱山っていうやつについて書いてあるらしい。素と石と山のスペルが入っているということは、そういうところだ。

 本気でソイツは俺に仕事をさせようという気らしかった。

 おかしい。聖女は俺は仕事しなくていいって言ったのに。

 なんだコイツと思ってソイツを見ていると、ソイツはぎゅっと眉を寄せた。


「じと〜とした目でこちらを見るのは辞めてくれませんか。はぁ……本当に聖女様は考えなし……いや、自分の欲望に忠実ですね」


「聖女は軽いからな!」


「それ、どういう意味です?」


 ソイツの聞いてることがよく分からなくて俺は何も言わなかった。俺が返事をしないことを確認すると、ソイツは持ってきた紙束を広げ始めた。

 俺は黙って紙を並べるソイツをじーっと見た。男の癖に細くて、女よりも可愛い顔をしていた。子供のように見えるが、働いているところを見るに大人なのだろう。


「そんなに仕事をするのが不満ですか?」


「……?」


 なんでいきなりそんなことを聞くのか分からなかったが、その通りだったので頷く。ソイツも一つ頷いた。


「聖女様は貴方がまだ子供だからと言って仕事をさせたがりませんが、人間兵器に子供もクソもないでしょ。貴方私よりもタッパがあるし、体格もいいじゃないですか、立派な大人ですよ」


「タッパってなに?」


「背の高さのことです」


「分かった」


 聖女が俺を子供扱いしているというのは分かる。聖女だって俺と変わらない年のくせに、やけに頭を撫でたり唇をくっつけたりしてくるのだ。ちょっと止めてほしい。そう思うからには俺は大人なのだろうか。ソイツよりも大きいのも分かる。ならば俺は大人なのだろうか。


「大人なの?」


「俺は大人です。貴方は大人に仲間入りしてください。子供も働きますが、大人は仕事をメインに生活することになります。だから、貴方にも働いてもらいます」

 

「じゃあ俺は働いてたから大人だよ?」


「子供も働くと言ったでしょ。遊んでばかりの貴方は立派な大人とは言えません」


 ちょっとその言い分は納得いかなかった。聖女は構ってくれても買い物に行くか、甘味を食べるかしかしない。たまに本を読んでくれるけど。

 それに聖女がいないときは本ばっか読んで勉強している。全然楽しくない。


「遊んでない、ずっと暇だもん」


「退屈なら遊びには入らないと? ……まぁ、それはさておき、仕事って何をやってたんですか?」


「なんもなくて人がたくさんいてガヤガヤしてるところでドカーンってする仕事」


「ああ、そういえば戦争に駆り出されてたんですね」


「聖女が何かして終わらせたみたいだけどねー」


「……そうですね」

 

 何がしたいのか全くわからなかったけど、オッサンは仕事だと言っていたからあれは仕事なはずである。でも聖女はやっちゃいけないことだと言った。それはソイツから聞いた子供だからってことなのだろうか。

 紙束を並べ終えたらしく、ソイツは俺の隣に座って紙を持たせた。何やら地図が描かれている。


「仕事って俺が前やってたことと同じ?」


「貴方にとっては同じかもしれませんが、違う仕事です。この地図には鉱山の場所が描かれています」


 地図には三角のマークが描かれている。そのことだろう。俺は一つ頷いた。


「貴方にはその鉱山での採掘を手伝ってもらいます。貴方が前の仕事で人に向けてやっていたことを、山を崩すためにやってほしいというわけです」


「なるほど?」


「今日は説明みたいなものなので実際には行いませんが、この紙を見て勉強していただきます」


 ソイツは俺に紙を見せて色んな話をした。どうしてするのか、何に使うのか、何をやってはいけないのか。その場所がどんなところで何があって、何に気を使うべきか、文章を指でなぞらせて読み上げ、ときには問い直して確認してきた。

 こんな風に難しいことを教えてもらうのは初めてで、不思議な気持ちになる。

 聖女も俺に何かを教えることがあった。というか会った頃はよく俺にものを教えようとしたと思う。俺を抱え込んで、聖女は色んなことを話した。言葉や食べ方などを教えてくれたけど、何度も強く繰り返したのは、人を殺してはいけないということだった。

 ぼんやりとしたことに気づいたのか、ソイツは額に向けて指を弾いてきた。ちょっと痛い。


「疲れたんですか? 頭どんな感じです?」


「痛い」


「そこは額ですよ」


 餌はどのくらいの頻度で与えているのか、昼寝を行うのか、などとブツブツ言いながらソイツは何やら考えていたが、内ポケットから小さな小瓶を取り出した。

 その中から丸い何かを取り出しえて、ちょんちょんと俺の拳をつつく。手を開けということだろう。大人しく手を広げると、コロンとそれは転がってきた。ツツジみたいな色をして、薄っすらと透き通っている。砂糖の甘い匂いがした。


「なにこれ」


「キャンデイですけど……貴方聖女様から相当お菓子をもらってるんじゃないですか?」


「甘味はいっぱいくれるけどこれは初めて」


「まぁ、聖女様はキャンデイを口を含む時間はないでしょうね。忙しいことで……」


「そう、忙しいらしくて、よく文句言ってる」


「ハハハ、流石ですね。聖女様は。……それ、口に入れていいですよ。でも噛んじゃだめです」


 口に入れるとぶわりと甘みが広がる。硬い甘味もあるのだと不思議な感じがして思わず歯を立てる、カツンと音がなったからかソイツがこちらを睨んできた。


「噛んだら歯に挟まって取れなくなりますよ」


 こんなに硬いものが歯に挟まるのを想像してゾワッとした。俺はこくこくと頷いてキャンデイを頬にしまう。ソイツは視線を紙に戻して、話しだした。

 真白の細い指先が文字をなぞる。ツルツルとした爪はよく手入れされているのが分かった。自分の爪を見る。ちょっと尖ってる。

 触ってみたい。と思ってじっと見過ぎて、こちらを確認するかのようにソイツが目線を向けたのを、無視してしまっていた。

 また額を指で弾かれた。痛い。いや、痛くないかも。


「なんで指で額を弾く」


「貴方が話をちゃんと聞かないからでしょう。故障した魔道具は叩くに限るんです」


「じゃあ叩けばいいじゃん」


「叩いたら俺の手が痛いでしょうが。ほら、ちゃんと話を聞いてください」


 ソイツはちょっと力強く喋るからなんとなく頷いてしまう。そうして気持ち真面目に話を聞き始めた頃、俺は魔道具じゃないと言うのを忘れていたことに気づいた。まぁいいか。


 たくさん話を聞いたからか眠たくなってきて、ぐらりと身体が傾く。ソイツの肩とぶつかったので、丁度いいとばかりに体重を預けた。こうしても聖女は文句を言わないから。

 ソイツは聖女より硬くて、しっかりしてたけど弱々しかった。

 ぐりぐりと頭の置きどころを探しているとぐいと押しのけられた。


「真面目に聞いてくれません?」


「ちょっと疲れた……」


「…………」


 甘えたようにさらに寄りかかろうとすればソイツはぎゅっと眉を寄せた。シワができている。

 また額を指で弾かれるだろうかと思ってぼんやりソイツの瞳を見ていると、扉が開かれた。


「昼食のお時間にございます。今日はセドリック様がいらっしゃると聞きつけ、お二人分ご用意するよう仰せつかっております」 


「聖女はコイツが来ることを知ってたの?」


「いいえ。わたくしたちが聖女様に報告させていただきました」


 配膳車を押してきた侍女に、にこにことしていたソイツだったが、聖女という言葉に一瞬眉を寄せた。ソイツは侍女が食事を並べて去るのを見届け、ため息を吐く。

 俺が飯を食べ出しても、ソイツは食器にすら手を付けなかった。


「食べないの?」


「……嫌な予感がする。良くて毒薬、悪くて睡眠薬ってところか……」


「あー、確かにお前のやつ変な匂いがする」


「そうですか?」


 問うような声の出し方をしていたので頷いたが、ソイツは別に信じていないわけではないのだろう。じっと料理を見て、ふっと視線を上げる。無視を決め込むことにしたらしい。

 それにしてもなんで睡眠薬より毒薬の方がマシなのだろうか。苦しいのは毒薬の方に決まっているのに。

 何を考えているのか、冷たく細められた瞳は俺さえも無視して、静かに紙を整えていた。

 

 昼食を食べ終えて、眠気が唐突に襲ってきた。俺はいつも食後に眠たくなるので、これは自然なことだ。


「膝貸して」


「普通にソファで寝ればいいでしょ。一時間したらまた勉強を始めますからね」


「ええ……」

 

 文句を言いたかったが、言葉が見つからなくて口を閉じる。大人しくソファに寝転がると、ソイツは椅子に腰掛けて別の紙束を見だした。


「そう言えばお前の名前ってなんなの?」


「貴方はティーカップや水車に名乗りますか?」


「名乗らない……」


「そういうことです」


「俺はラグっていう」


 名乗れば一瞥も寄越さなかったソイツがこちらを向いた。しかし眉を寄せている。


「貴方、警戒心の欠片もないですよね。聖女様から初めましての人にどうすればいいか聞いてないんですか?」


「聞いてない。ずっとここにいるから、始めましての人に会うこともなくなったし」


 ソイツは眉間のシワを広げ、グッと奥歯を噛むような顔をした。


「はぁ……聖女様は、本当に正直ですね」


 そうぼやくソイツの顔がどこか笑っているように見えたのは、気の所為だろうか。

 ゆらゆらと俺の意識は眠りに引きずり込まれていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る