第2話

いつ頃天野さんの”あんな声”を聞いたのだろうか。

たしか…私がここに来たばかりの頃だった気がする。

あの頃は今よりも死にたかったから。

村から出てきていろいろな感情に押しつぶされそうだった。


「はぁ……思い出したくもないな…」

嫌なことはさっさと忘れよう。

そうだ。気分転換に外に散歩でも行こう。

普段着に着替えて、外に出た。

このマンションは階段もあるが、私はいつもエレベーターを使う。

下に行くボタンを押し、エレベーターが到着するのを待つ。

この間も、私の意識は常に後ろに向いていた。

背後が怖いのだ。

理由は分かっている。

しかし分かったうえで改善のしようがない。

バクバクと心臓が脈打っている間にエレベーターがチリンという音と共に到着した。

まだ微かにうるさい心臓をなだめながら一階のボタンを押す。

エレベーターの中には幸い誰もいない。

この状況で誰かと同じ箱に乗っているというのが一番最悪だったので、これを回避できただけでも安心だ。

ブブッとポケットが震える。

スマホを取り出すと、一件のメッセージが来ていた。

誰だろう。

このマンションに引っ越してからは誰とも連絡先を交換していない。

高校には行っていないし、マンションの人ともそこまで仲がいいわけでもないから、あるとしたら同じ中学校に通っていた同級生か、親だ。

あるいはフィッシングメールかもしれない。

うん。断然そっちの方がいい。

むしろそうであってほしい。

恐る恐るアプリを開くと、予想はたいへん大きく外れ、やはり親からのメッセージだった。


[最近、村に異変が起き始めている。■■様が怒っている。お前の、せいだ。]

[お前の、せいだ。]

[お前のののののののののののののの]


責め立てるような文面が、私の心を抉る。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

動悸が激しい。呼吸がうまくできない。

心臓がドクドクいって破裂するんじゃないかと心配になる。

変な汗が止まらない。

吐き気がする。

涙も止まらない。

今は泣く時間じゃないのに。

この箱の中に私一人しか居なくて良かったと心底思った。

もうどうせ逃げられない。

生きていても地獄なら──

「閃花ちゃん!」

その声で今ここが何処なのか思いだすことができた。

「だ、大丈夫!?」

エレベーターにいたのは天野さんと、私の右隣の部屋に住んでいる化け物、琴乃ことのさんだった。

「琴乃さん…天野さん…ごめんなさい。迷惑かけて。」

「いや…別に迷惑とかじゃないって…」

琴乃さんが言う。

「あれ……?なんで2人がここにいるんですか…?

私、エレベーターに乗ってボタン押したはずじゃ…」

「閃花ちゃん、階層ボタン押した後、閉まるボタン押さなかったんじゃない?まだずっと7階だよ。」

「えー……」

そうだったのか。

気が付かなかった。

「ありがとうございます。」

「いやいや。ご近所さんが倒れてたからね。助けないわけには行かないよ。大丈夫?」

琴乃さんが優しく声をかける。

「はい。もう大丈夫です。助けていただいてありがとうございました。」

「えぇ…閃花ちゃん、明らかに体調悪そうだけど本当に大丈夫なの?」

「はい。もう本当に、本当に大丈夫なので。ありがとうございました。」

「ならいいけど。気をつけてね。」

「お気遣いありがとうございます。」

去っていく二人を見送って今度こそ閉まるボタンを押す。

ゆっくりとエレベーターが下降していった。



はぁ……まさか親からだなんてな…

まぁいつか来るとは思っていたけど。

それでも、分かっていたとしても嫌だ。

耳元でクスクスと嘲笑うような笑い声が聞こえるが、無視だ。

誰かが押したのか、エレベーターが3階に到着し、扉が開いた。

一人の幼い少女が乗り込んでくる。

「こんにちはー!」

「こんにちは。」

少女は明るく挨拶してくれた。

しかし油断は禁物だ。

誰が化け物で誰が人間か私には分からない。

霊能関係に疎いし。

閉まるボタンを押そうとすると、「待って!」と少女が言った。

「あのね、まだ友達が来てないの。だから来まで待って。」

「いいけど…いつくるの?」

「もう来るよ。」

少女は真っ直ぐ廊下を見た。

つられて私も廊下を見ると、1人の少女がゆっくりとした足取りでこっちに向かってきていた。

水滴石穿すいてきせきせん

少女がポツリと言った。

廊下はものすごく静かだったから、聞き取れないことはなかった。

「……?なんて?」

「待ってって、言ってるよー」

思わず隣の少女に聞いてしまったが、彼女は言っていることが分かるようだ。

ペタペタという音を軽く響かせながら、もう一人の少女はエレベーターにやってきた。

何故か少女はなぜか白い兎のお面をつけていた。

よくお祭りにある、顔は隠れてて口元だけ見えるやつ。

たしか……半面という名前だった気がする。

報恩謝徳ほうおんしゃとく

「待っててくれてありがとうって」

「どういたしまして。」

2人の様子を見る限り、どうやら友達のようだ。

今度こそ閉まるボタンを押す。

「あのね、僕は舞守まかみ!こっちは兎月とづきだよ!」

どうやらお面をつけている方は兎月とづきで、つけていない方は舞守まかみと言うらしい。

どっちもあまり聞かない名前だなと思った。

まぁ多分この二人も化け物だから人の常識とは違うのだろうけど。

「そうなんだ。私は閃花せんか。」

あえて、よろしくね。とは言わないでおいた。

私の住んでいる階で既に四体の化け物と関わらなくちゃいけないのに、さらに増えるのは勘弁だからだ。

「ねぇ、ねぇ!閃花ちゃんはどこの階に住んでるの?」

「えっと…七階だよ。」

「そうなんだ!七階ってことは琴乃ことのちゃんとかもいるってこと!?」

瞠若驚嘆どうじゃくきょうたん。」

「すごいビックリって言ってるよ!」

兎月とづきの表情は隠れていて見えないが、口元で驚いているということが分かる。

「いいな~いいな~!絶対七階楽しいじゃん!今度遊びに行っていい!?」

「えっと…そんなに面白いものはないと思うけど、それでもいいなら…」

「ありがとう!今度遊びに行くね!」

感恩報謝かんおんほうしゃ。」

そんなに七階は魅力的なのだろうか。

私にはちょっと分からない。

チリンという音が鳴り、エレベーターが一階に到着したことを知らせる。

「あ、ついたね。じゃぁまたね!閃花ちゃん!」

再拝鶴首さいはいかくしゅ。」

「またね。」


なんか…凄い勢いのある人達だったな…

まぁ人間じゃないけど。

それにしても…来るのかぁ…

このを始めるにあたっていくつか注意事項を言われたが、その中に住人を家に招いてはいけない。というルールはなかった。

このマンションにもいろいろな人や化け物がいるから一概に悪いとは言えないのだろう。

下手したら殺されるから細心の注意を払うけど。

一応雇い主に聞いてみようかな。




結局、散歩をするために外に出たのに、散歩をしないで帰ってきてしまった。

雇い主兼ここの管理人さんに聞いたところ、向こうから家に来るには問題ないようだ。

ただ、こちらから遊びに行くと悪いことが起こるらしいので絶対にやめてほしいとのこと。

もし、場合はお供え物としてお菓子などを置いておくと良いそうだ。


お供え物……クッキーとかでいいのかな。

あでもクッキーはボロボロ溢れるからチョコとかのほうがいいのかもしれない。

何が好きなのか聞かなかった。

いや、そもそも初対面の人に好きなお菓子を聞くほうがおかしいか。

結局またエレベーターで下まで行ってコンビニに寄った。

買ったのはグミとチョコだ。あとアイス。これは自分用だ。

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